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「良き友人を持ったな、アルゾフ」
「ちち、うえ」
誰よりも気高く、誰よりも王であった父が、自分を支える為に地面に膝を付いている。顔にも傷が付いていた。息子である自分が付けてしまった傷だ。
「申しわけ、ありません、でした」
この言葉を言うのに大分時間がかかってしまった。エイランは自分にとっては母親だが、父にとっては愛する人だったのだ。それを奪ってしまった罪は償いきれないほどに重すぎる。こんな謝罪程度で済まされるものではない。
「お前の心臓は既に混沌の手の内にある。その罪と共に沈む運命だ。もうすぐ肉体も消滅するだろう」
「じゃあ陛下は、もう助からないんですか?」
(…小さい頃のアルゾフを見ているようだな。不思議な気分だ)
昔は今よりもっと泣き虫で、父か母が少し見えなくなるだけで、城内を泣きながら探し回るような子だった。魔法が無くても幸せで、アルゾフの笑顔に皆が心和やかにしていたものだ。
「だが、お前に罪を〈犯させた〉私の方が重罪だ」
そう言うとゾルフは、先程魔法陣を描いた左手を息子の額に乗せる。
「少し痛むぞ」
取り出した短剣でアルゾフの額に小さな傷を付け、自らの血と混ぜ合わせるように押さえ込んだ。
「父上、何、を」
「元はと言えば全て私の責任だ。お前の罪は私の罪にもなる。私が全ての罪を請け負う代わりに、お前は生きて償いなさい」
魔術師の罪は、代理人として別の魔術師が請け負うことができるとされている。互いの魔力を相殺させることが条件で、主に王族や貴族の罪を奴隷が代わりに被ることが過去に多く行われてきた。それを魔法学校では〈罪流し〉と習う。
「…今のお前さんの魔力では足らんじゃろ」
ゼスはそっとゾルフの手に自分の手を重ね、罪流しのために不足している親子の魔力を補える分を直接送っていく。
「師匠、最低限でいいですよ」
「余るくらいでなければ見つけられんぞ」
驚いたような表情で顔を上げると、ゼスは涙を堪えるような顔もしていない。
(…覚えていますよ、師匠。貴女はいつもそうだ。いつもそうやって私に〈行ってこい〉と言いますね)
もう二度と戻ってこられないことはゼスも分かっているはずだ。それなのに、以前と同じような顔をしてくれる。とても素敵な師匠に出会えたことを誇りに思おう。
「師匠。我儘に付き合って頂き、ありがとうございました。どうやって恩を返せばよいでしょうか」
「ツケにしておく。混沌だか知らんが、せいぜい隠居生活を楽しんでおれ」
一度でもいいからゼスの涙を見てみたかったところだが、こんな最後も悪くない。前回は会うことすらできなかったのだから。
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