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「本当にあんたって、ひとつのことに集中したら、周りが何も見えなくなるわね。」
一段一段なじるように、高い踵を鳴らして階段を登ってくる彼女は、元来の丈も含め、俺よりずっと小さいはずだった。しかし、蚊の鳴くような声で謝罪を零すことしか出来ないほどに、気圧されてしまった。凛子さんは俺がいるのと同じ段に足を掛け、手にした俺の携帯電話で肩を小突く。
「はい、どうぞ。」
「ありがとうございます。」
「ここまで来たのに追い返すのは可哀想だから今回は許してあげるけど、次はないからね。」
「ごめんなさい、本当に。」
平謝りすると、凛子さんはひとつの溜息をついたあとに、重い空気を一転させるような笑顔を浮かべ、足を進める。俺はそれに追随した。
「本当に、大丈夫だったのよ。呼吸も安定しているから、もうじき目を覚ますって先生に言われたわ。」
安定とは言っても、まだ確証はない。鳩尾が内から圧せられる感覚がし、苦しくなる。俺は楽になろうと、喉を開けて空気の塊を飲み込むように、息を吸った。
「でも、まだなんだね。」
「やめてよ。もうじきって聞いて大分落ち着いたけど、まだ少し怖いのよ。やっぱり、もしかしたらこのまま鈴は目を覚ますことはないんじゃないかって心のどこかで思っちゃってるから。」
「仕方ないよ。身内でもない俺でもこんなに心配なんだし。」
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