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「こら!大声を出すな。これはあまり明言していいものじゃないんだ。」
学に続けて、群がる女子の一人が上擦った声をあげた。それに対して須田は声を荒らげて一喝し、心苦しそうに加えた。
脳裏に、二年前に亡くなった母が過ぎった。自分が病院に到着した時、既に彼女は冷たかった。当時、俺は受験生で、毎日塾に勉強詰めだった。母の危篤の連絡を貰った時も例に漏れなかった。通っていた塾から病院まで三時間はかかる。息を切らして病室に足を踏み入れた俺を待っていたのは、渧泣の横溢だった。間に合わなかった。あの絶望は、もう二度と味わいたくない。
机の右に掛けた学校指定のボストンバッグを掴んだ。何も理性的に考えられなかった。今、学校を抜け出して彼の元へ走ったとして、状況が良くなるわけではない。俺は無力だった。それでも、その足を動かさずにはいられなかった。周りの机を避けるのもままならなくて、脚に絡まってくる。机が床と摺れる音と、金属がぶつかり合う音が、自分の動線に沿って散らされる。誰が止める間も無く、教室を出た。力任せに滑らせた引き戸が、留め具に跳ね返って半分まで閉じる。上靴による床の殴打と須田の制止が、動揺の渦巻く空間に落とされる。床に伏す一寸の手前で次の足が踏み出されるので、全体重の乗った足音があまりに重くて、須田の声は阻まれた。握った携帯電話を操作しながら靴を履き替える。表示されていた鈴とのやり取りを横に流して、連絡先から彼の姉である山崎凛子の文字を探す。二回目の呼出音が消える前に、受話器が取られた。
「もしもし。」
憔悴しきった応答に被せるように訊いた。
「鈴が入院してる病院ってどこなの?」
「家の最寄り駅の、隣の病院よ。雷、心配してくれてるのね。でももう大丈夫よ。大丈夫だから。」
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