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第三話
自動ドアとの疎通が図られず、つっかえる。隣接しているとは言えど、降車してすぐ走り始めたから、院内の温い空気が熱を持った身体に気持ち悪い。鼻につく消毒液の匂いが、母の記憶を思い出させて嫌だった。すぐ右手に受付が見えた。
「すみません、山崎鈴と面会をしたいのですが。」
「はい、今お調べしますね。」
乗車中に病室の番号を凛子さんに聞けば良かったのだが、度重なるラブコールを拒否してしまっている手前、合わせる顔がなかった。
「三〇二号室です。」
「ありがとうございます。」
軽く会釈をして小走りでエレベーターに向かう。走らない、と大きく印字された張り紙が何枚もあるのに気づいたが、逸る気持ちが抑えられず、見て見ぬふりをした。三〇二号室は三階だった。三角の印刷がされたボタンを押す。最上階から降順に文字盤を灯して降りる箱は、焦燥感を加速させる。無意味なのは承知の上で、橙に点灯しているボタンに、携帯の角を二回沈ませた。しかし、やはりどうにも足を止めるのは鈴を裏切っている気がして落ち着かず、踵を返して階段を一段飛ばしで駆け上がった。ただ、日常生活において学校から駅、駅から家までの歩行しかやらない帰宅部の身にはもう限界だった。太腿の筋肉が踏ん張る気力をもう失くして、視界が突発的に下がる。踊り場に手をついた瞬間に携帯電話が指から滑り落ちた。不規則を奏でて転がる端末を目だけで追う。壁に止められる前に、それを拾う手が見えた。
「すみません、ありがとうございます。」
「いえいえ。」
俺は最低限の謝意を滲ませて俊敏に謝る。目と目が合う。そして気づいた。心臓が鷲掴みにされた。短い動揺の声が漏れる。冷や汗が滲む。でも、目は逸らせなかった。
「雷?」
拾い主は他でもない、山崎凛子だった。
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