第二十話

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俺が名前を出すと、彼女は嫌悪をあらわにした。唾でも吐いてきそうだった。陽向が彼女の手綱を握っていなければ、柵の一つでも挟まないとまともな会話は成立しなかっただろう。彼女は陽向に小突かれてようやく肯定したが、俺の美的感覚の誹謗を付け加えた。あの紺の紙袋は、最も売れ行きが悪いらしい。小学校に上がる前、年の近い数人に投げられた小石を俺は想起した。 陽向は、ずっと立っていたら目立つからと俺と陽和に席を詰めさせた。鈴は俺の隣に座った。なるほど、確かに周りの視線が痛い。程よい喧騒があると言えど、荒げた声の質は浮いて、他の客の意識を捉えたようだ。不意にそちらを見やるだけで、何人もの視線とかち合う。彼らはその衝突を起こすや否や、まるでその現場は通過点であると主張するが如く、妙にまどろっこしい軌道を描き、自身の連れや携帯電話に目を戻した。 席に着き、都会的で派手な上着を肩まで落とした陽向は楽な姿勢を取って、右隣を指差した。 「陽和はね、うちらの隣のクラスの三組なの。すれ違ったことくらいあると思うけどな。」 「はあ。」 「本当にそっくりだよね。俺、初めて見たときびっくりしちゃったもん。声が違うから、区別はつくけど。」 そう言われれば、俺の向かいの彼女の声は馴染みあるものに比べると低かった。 「鈴とはこの店の前でばったり会ったの。私は陽和、鈴は薮田を追いかけて、ね。」 「ごめん。雷、すごい焦ってたから、気になっちゃって。」 鈴は陽向に同意を求められると、小さく手を合わせて、しおらしく謝った。彼らは俺から死角になる席に陣取り、聞き耳を立てていたそうだ。
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