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さっきまでは彼の髪の背中しか見えなかった。彼の顔が少しずつ、あらわになる。形の良い耳、通った鼻筋、無駄のない顎の輪郭。窓から差す陽が、鈴とそれ以外の境界を強調した。
下弦の月ほどまで鈴が振り返った頃合、カーテンが部屋の外に引き込まれた。遠くで木枯らしの鳴く音がする。布で切り取られていた日光が、今は際限なく降り注ぎ、鈴の姿を影絵にした。目が眩んで、目を細めたが、間に合わなかった。本来の時の流れの許容範囲でしか、体は動かせないようだった。寧ろ遅れを取ってしまった。
柔らかい冷気が俺の頬を撫でた。カーテンがゆったりと北風を含む。ぴったりと境い目を合わせ、日光を完全に遮断する。視界が暗転した。目が闇に慣れていないために、個々の輪郭が溶けて判別がつかない。しかも、やっと意思に追いついた瞼が、目に入る光量を制限してくるから尚更だった。分厚い二枚の布は、さっき外に出た拍子、病院の粗い外壁に端を引っ掛けてしまったようだ。そうでなければ、こんなにも空気の塊を目一杯受け止め、欲張った風船のように張らないだろう。もうすぐ破裂してしまいそうだ。そう思った矢先、一筋の光が差し込んだ。
天使が翼を広げるように、カーテンが風に舞い上がる。厚い生地が翻る、破裂的な音に目が覚めた。感覚的な時間の速度が平生に戻る。一瞬の鈴の姿と強烈な照明が、目に強く焼き付いていた。
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