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「鈴!」
凛子さんが鈴を抱き締める。ようやく我に返った俺は、小走りでベッドの傍まで寄った。
鈴は二人の顔を迷子のように、忙しなく見比べた。目覚めたばかりで、まだ状況が把握できていないのだろう。口を薄く開けたまま、辺りを見回す。彼は凛子さんに固められているせいで思うように動けず、藻掻くように振り仰いだ。
「鈴、鈴。良かった。」
彼女は呼吸に乗せて言った。啜り泣きを二つ零し、もっと顔をよく見せてと腕を解き、鈴の肩に手を添わせた。
取り入る隙のない姉弟愛と、鈴の真綿の如き風情を、俺は漫然と眺めていた。
俺は居心地の悪さに落ち着かなくて、荷物を下ろした。理由もなく突っ立っているだけという状況に、身を置き続けられるほど図々しくなかった。それに、根を生やしておかないと早々に追い出されてしまいそうだった。これは一種の抵抗だった。
「あの」
俺の肩が軽くなってすぐ、鈴が堅苦しい声を上げた。まだ気が動転しているようで、鈴の瞳は揺れている。
続けて発せられた言葉に、俺と凛子さんは耳を疑った。
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