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「あのさ。」
口を半開きにさせたまま第一声を考えあぐねていると、鈴に先を越されてしまった。何でもないような素振りをしているが、微かに緊張を感じさせる声だった。俺は横顔になに、と続きを促す。
「好きな人っていんの?」
俺はどきりとした。一瞬、頭が真っ白になった。さっき感じた相手の緊張は、この問いを投げかけることに対してのものだったのだろうか。それはなぜか。すぐに予想はついた。
好きな人が出来たのか。
中性的な顔つきに低身長の可愛らしい見た目とは裏腹に、なんとも良い性格をしている幼なじみは、絶対に自分が不利になるようには動かない。例えば、定期考査の後は決まって相手の点数を知ってから、しかも、自分の方が良い点数の時だけ自らの口で教えてくれる。もっとも、頭の弱い彼が、誰かより点をとったことは今まで片手で数えられるほどしかなく、はいそうですか、教えてはくれないんですねと、納得してくれるような素直な友人を彼は持っていないので、気を抜いた瞬間に答案を覗き込まれるか、奪い取られるかして、結局は全員が把握することになるのだが。今回もいつもの悪癖に倣って、まず相手の動向を探ってから、想い人の名前でも打ち明ける魂胆だろう。
俺は先刻の問いに、答えられずにいた。それを投げかけられた時激しく動揺したのは、聞いてきた本人、鈴を好いていたからだ。一瞬の思考停止を挟み、頭を極力回す。
「なに、急に。お前がそんな話するなんて珍しいね。」
短い間のあとになんとか絞り出したのは、逃げの言葉だった。時間稼ぎの揶揄は思ったよりその効能を発揮しなかった。
「別に。なんとなくだし。」
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