90人が本棚に入れています
本棚に追加
間に合わせの弁護を打ち切って、鈴は照れくさそうに口をつぐんだ。
なんだ、なにか彼を辱めるものでもあったのか?
ふと気付いた。彼の遠景にある硝子に薄ら映る俺は、慈愛を湛えた顔をしていた。お前が愛おしいのだと、言って聞かせる顔をしていた。
なるほど。しかし、おかしいな。俺は外と内の齟齬に笑った。鈴はそれにつられて、反射的に逸らしていた目を俺に向ける。視線が絡まる。彼の目が発作的に揺れた。彼の握りこぶしの締め付けが酷くなる。
ああ、いけない。
「ううん、いいんだよ。まだ鈴は分かんないことだらけでしょ。自分の名前も分かんないのに、ましてや自分の性事情なんて、ねえ?」
俺は少し馬鹿にする調子で言った。これで、漏れ出た笑いは鈴への揶揄からくるものだと、彼は錯覚する。
「その言い方、やだ。」
成功だった。鈴は俺が気を悪くしていないことが知れると積極的になり、不貞腐れて言った。
「はは、冗談だよ。こんな素直な鈴、珍しくってつい。」
「元の俺はそんな天邪鬼だったの?」
「そんなところ。それも可愛かったけどね。」
「うわ、なんか惚気られた気分。」
「鈴自身の話だけどね。」
言葉を交わすごとに、興奮が慢性していく。自分の適応が上手いことに、ある種の感心を覚えた。いまでは、低次の楽しさだけが胸に残っている。俺の一言で、階段を転げる林檎みたいに表情を変える鈴が可愛い。彼を掌握した気分になって、嗜虐心が顔を出す。
最初のコメントを投稿しよう!