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俺は腿の上で組んでいた指先を解き、ベッドに手をつく。顔が近い。鈴は慌てたように瞳を俺の指先、顔、首元、腕に飛ばしながら、窓側に体を傾けて、距離をとる。硬く握ったシーツには深く皺が刻まれている。何期待してるの、と俺は低く笑う。鈴は恨めしく馬鹿、と呟いた。
「まあ、最近受け入れられていってるって言ってもさ、まだまだ風当たりは強いんだよ。」
「ふうん。」
「だからね」
俺は鈴の耳元に口を寄せ囁いた。
「これは俺達だけの秘密だよ。」
鈴の肩が抑圧的に引き攣る。そっと顔を覗くと、あちこちにぶつかりながら視線を俺にやった。瞬きが錆びていてぎこちない。口元が締まっている。喉仏が揺れた。頬の赤みは火の如く、目が潤むのを促す。
その時、混色の足音が近付いてくるのに気が付いた。ひとつは金属質な音色で、そして、格好つけた重い響きのもの、ゴムが軋むようなものがそれに続いた。
俺はそっとベッドから腰を上げて、傍の鞄を肩に掛けた。
「また明日、来るから。」
鈴の頭を掻き撫でる。目は合わない。そっぽを向いた鈴の耳の端が赤らんでいる。
「うん。」
素っ気ない返事で突き放された。やり過ぎたかな。しかし、それにしたって可愛かった。名残惜しさに、髪の一束を毛先まで、指で滑って味わう。
鈴に背を向け扉に向かうと、シーツの擦れる音が聞こえた。大方、冷たくなりきれずこちらを盗み見ているのだろう。ああ、なんて愛おしい。
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