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戸を開けた時、丁度凛子さんが戻ってきた。後ろに看護服の女性と白衣の男性を連れている。
「雷、帰るの?」
「うん。俺、邪魔になりそうだし。今日は急に来ちゃってごめんね。」
「全くよ。じゃあ、気を付けて帰りなさいね。」
「はあい、ありがとう。」
通り抜けざま、社交辞令的に凛子さんの背後の二人に会釈をした。彼らの革靴と、ゴム底のサンダルが目に入った。
エレベーターの安価な到着音に遅れて扉が 開いた。俺は軽い足取りで箱の中に乗り込んだ。
ああ、やってしまった。
興奮がぶり返す。拍動の速度が小走りする。自分の頬の輪郭が熱で惚けている。汗を握った手のひらで、自分の頬を包んだ。熱い、そして冷たい。短く息を吐いた。一の数が貼られたボタンを押すと、浮遊感が来る。
――でも、俺達男同士じゃん。
俺は鈴の言葉を反芻した。
度々行われた告白の心中試行でも、山崎鈴はそんなことを言っていた。そして眉間に深く皺を寄せ、気持ち悪い、と吐き捨てて俺を捨てるのだ。身勝手な妄想も甚だしいが、これまた身勝手に俺は傷ついてきた。
それが今日はどうだ。
俺は振り返って、鏡に映る自分と目を合わせた。口の端がみっともなく上を指している。今日は、否定を示唆する彼の言葉が、痛くも痒くもなかったのだ。アドレナリンがどうとやら、というやつなのかもしれない。鈴といた時でさえ、笑みが零れ落ちるのを抑えられなかった。そう、あの笑顔は、興奮のためのものだったのだ。しかし表では質の違うものを示していて驚いた。あの場面では、嬉しい誤算といったところだったが。
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