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第五話
くたびれた革靴を上履きに履き替える。昨日は興奮が冷めなくて、うまく寝られなかった。目が覚めて、時計を見たら二時。寝なおして、目が覚めたら四時。二時間周期の眠りは、熱を飛ばすのに不十分だった。学校に向かうあいだ聞いていた音楽が間奏に入る度、思い出してしまって、取り憑かれたようになっている。白、日光、鳥。あらゆるものを昨日に結んでしまっていた。
靴箱に仕舞おうと戸を開けたら、背中に衝撃が来た。
「おはよ!」
勢いで倒れ込みそうになったが、靴箱に手を叩き付けたので、額に瘤を作らずに済んだ。その代わり、駅から学校までの道で冷え切った指先が、千切れるように痛んだ。
「――おはよう。学。」
「なあに、めちゃくちゃ嫌そう。一人ぼっちで寂しそうな背中してたから、励ましてあげたんじゃん。」
「ごめん雷。止められなかった。」
「いや、翔也は悪くないよ。学、おいで。」
「なになに、怖いんだけど。」
学の旋毛に指圧をかける。学は、鈴と毛ほどの差もない背丈をしているから、人差し指に全体重を篭めるのは容易かった。
「お腹下すツボ押しといたよ。」
「ええ汚い!最低!」
学が塀島翔也の背に隠れる。
彼らは二つある高校の最寄り駅のうち、俺が利用していない、私鉄の方で通学をしている。二年で初めて同じクラスになったにしては仲が良いなと思っていたら、中学生の時に同じ学習塾に通っていたと聞いた。当時の翔也の丸坊主がいかに不格好であったか、学は未だに俎上にのぼし、翔也はその度、部則だったんだよと、恥ずかしそうに短く刈り上げた頭をかく。軽やかで清潔感を纏う彼の短髪は、女子からの人気を博している。教室に落ちていた、課題プリントの裏のランキングでは、鈴と並んで一位の玉座に着いていた。華やかさを選ぶか、誠実さを選ぶかで票が割れたのだろう。ちなみに、俺は下から数えた方が早かった。
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