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教えてくれる素振りがないので、俺は痺れを切らして聞いた。どうせ今日も十字路でたむろするのだろうし、その時まで待っても良かったのだが、それは幾分癪だった。真っ赤な嘘だが、確かに自分は答えた。様子見はもういいじゃないか。鈴に目で訴えかけた。
「俺、今日予定あるんだよね。急ぐから、じゃあね。」
「え?ちょっと、待ってよ!」
数歩先の差になっていた鈴は、振り返って言ったあと、交差点を左に曲がって、緩い曲がりのある道に走って行った。両脇に連なる家屋に姿はみるみる隠されてしまった。あまりに急だったから、遠くなる背中へ、紙飛行機を投げるみたいにしか引き留められなかった。雑にこさえた紙飛行機ほど、思い通りに飛ばないものはない。追いかけるのもひとつではあったが、陸上部員を抑え、リレーの最終走者に選ばれる程の彼に、それは悪手だろう。ローファーの固い底がアスファルトを蹴る小気味よい音は、もう大分と薄くなっていた。明日も学校はあるし、いいか、と俺は溜まり場を通り過ぎた。退屈から来る欠伸を噛み切れず、軽く俯いて大口を開ける。後を追って、唇に針のような痛みが走った。舌で熱を持つ部分を舐めると鉄の味がした。火が焦がすような鈍痛が、冷えた皮膚に不格好だった。
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