第二話

3/7
前へ
/156ページ
次へ
「ええ、昨日に連絡が入ったんだが」 妙に丁寧な言葉選びをしながら、須田はペンを走らせたあと、プリントを教卓に伏せた。嫌に澄んだ空気が(とどこお)る。 「山崎が、交通事故に遭って入院することになった。」 夜風の、雑木林を吹き上げるようなざわめきが、部屋を満たす。突然の知らせが風なら、林は生徒らといったところだろう。木々は空気が流れるのを飲み込めず、葉を揺らし戸惑うことしかできなかった。 「須田ちゃん冗談きついって。」 学が両腕を組み、指をセーターに絡ませて、震えた声で小さく呟く。 「ええ、静かに。幸い命に別状はないらしい。五体満足だそうだ。心配だと思うが、君らは山崎の回復を信じて平常通り授業に取り組むように。」 須田は生徒達を(いさ)めた後、ホームルームの区切れを促す。学級代表の上擦った礼の声が消える前に、生徒らは口々に憂慮と憶測を、興奮交じりに捲し立てた。 「ねえ、どうしよう。僕のせいかな。言霊(ことだま)ってやつ。僕があんなこと言ったからかな。」 「違うって、そんなの有り得ないだろ。」 動揺する学を一樹が(なだ)める。 あまりに時機を得ていたから、そんな気になるのも仕方ない。俺は理性的に思う傍ら、感情的に四肢が動かんとするのを感じた。 「ねえ。」 「なに、雷?」 教室の騒々しさが加速するなか、体ごと二人の方を振り向く。いくらか沈着を取り戻した学の背を、一樹が摩っていた。学は、自分の指先から俺へと目を移すことしか出来なくて、一層の返事だけが返ってきた。
/156ページ

最初のコメントを投稿しよう!

90人が本棚に入れています
本棚に追加