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「ええ、昨日に連絡が入ったんだが」
妙に丁寧な言葉選びをしながら、須田はペンを走らせたあと、プリントを教卓に伏せた。嫌に澄んだ空気が滞る。
「山崎が、交通事故に遭って入院することになった。」
夜風の、雑木林を吹き上げるようなざわめきが、部屋を満たす。突然の知らせが風なら、林は生徒らといったところだろう。木々は空気が流れるのを飲み込めず、葉を揺らし戸惑うことしかできなかった。
「須田ちゃん冗談きついって。」
学が両腕を組み、指をセーターに絡ませて、震えた声で小さく呟く。
「ええ、静かに。幸い命に別状はないらしい。五体満足だそうだ。心配だと思うが、君らは山崎の回復を信じて平常通り授業に取り組むように。」
須田は生徒達を諌めた後、ホームルームの区切れを促す。学級代表の上擦った礼の声が消える前に、生徒らは口々に憂慮と憶測を、興奮交じりに捲し立てた。
「ねえ、どうしよう。僕のせいかな。言霊ってやつ。僕があんなこと言ったからかな。」
「違うって、そんなの有り得ないだろ。」
動揺する学を一樹が宥める。
あまりに時機を得ていたから、そんな気になるのも仕方ない。俺は理性的に思う傍ら、感情的に四肢が動かんとするのを感じた。
「ねえ。」
「なに、雷?」
教室の騒々しさが加速するなか、体ごと二人の方を振り向く。いくらか沈着を取り戻した学の背を、一樹が摩っていた。学は、自分の指先から俺へと目を移すことしか出来なくて、一層の返事だけが返ってきた。
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