第二話

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「行ったら駄目だよね。」 ずっと考えていた。本当なら、今すぐにでも学校を抜け出して、鈴の元へ走りたかった。でも、異常だ。ただの友人が、彼の広い交友関係の中で、少しばかり深くにいるだけの自分が、そういった行動に出るなんていうのは。家族や恋人ならまだしも、自分は他人から見れば、ただの腐れ縁の幼馴染だ。しかも同性で、過剰な執着の露呈は、持つべきでない恋心を暗に示しそうだった。 自分のなかで燻る劣情を否定されることが怖かった。自覚は歳が二桁に繰り上がってすぐくらいで、長いこと付き合ってきた感情は、最早自分の根本であると言っても過言ではなかった。それが笑殺されでもすれば、自分という存在そのものが、世界による容認を拒否されたような気分になるに違いなかった。だから、肯定を期待する物言いも出来なかった。「行ったら駄目だよね」と、それだけ。誰がどこに行くのか、明言することさえ(はばか)られた。さも自分はそうしたいとは思ってはいない、念の為に確認しているだけだという姿勢を崩すには、俺はあまりに臆病だった。ゆっくりと視線を二人から逸らす。 「行きなよ。」 驚きと呼応した強さで顔を上げて、学を見た。学は混じり気ない、筋の通った目をしていた。と思うと、擦り寄る色に変わった。彼は左手を机について立ち上がって、女子生徒に囲まれている須田に向かって手を振りつつ声を張った。 「須田ちゃん、雷、体調悪いから早退するって。」 「そうか、大丈夫か?だがまず保健室で休んで、様子を見なさい。二限目までに良くなるかもしれないから。」 学はわざとらしい失意の声をあげながら、前席の俺の肩に腕を回す。後ろを向いていて良かったと思った。須田に向ける顔がなかった。
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