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02
私が生まれ育ったのは、非常に閉鎖的な田舎であった。
のどかで平和、と言えば聞こえはいいのかもしれない。けれどちょっと考えれば分かる事だが、都会に住んでいたって、田舎に住んでいたって、結局は同じ人間の集合体なのだ。“平和”に見えるだけであって、それは本当に表面的な事なのだと思う。現に私の暮らしていた“平和な田舎”にだって、闇はあった。それも田舎特有の悪習だと思う。20年前の田舎なんて、今みたいにインターネットなんて普及して無かった時代…正直思春期の若者なんて親に車を出してもらって遠くの衣料店に買い物に行くか、恋人がいる若者はそれこそ猿のように毎日セックスをするぐらいしか楽しみが無かったのだ。テレビは飽きるし、マンガなんかは都会から周回遅れで少ない部数がやっと出回るレベル。中学生、高校生にもなったらセックスするぐらいしか楽しみがないのも仕方なかった。
その代わり、避妊具なんかは親兄弟が率先的に用意して渡していた。それはもう、暗黙の了解で伝わる伝統のようなものだった。父親のAVの隠し場所を子どもが知っていて、一応隠れて拝借し、部屋で楽しむのもどこの家庭でも普通だった。
そんな片田舎だと、童貞や処女である事が嘲笑の対象となり、いじめも性的なものが多かった。幼馴染みたいな気の置けない異性がいる人は良かった。そこで初体験を済ませてしまえば、いじめから逃れられるのだから。私はそんな相手もいなかったし、好きでもない相手と初体験を済ませて笑っているクラスメイト達が気持ち悪くて仕方なかった。
クラスのリーダー格の女子は私にモテない童貞男の筆下ろしをさせようとしてよく体育倉庫なんかに閉じ込めた。いつも何とか逃げ出していたけれど、とうとうキレた彼女達に「次、逃げたらクラス全員で押さえつけるから。皆に見られながらシたいの?」と言われて逃げられなくなった。
しかも相手は門野君だという。門野君はちょっと頭の弱い子で、こんな田舎じゃなかったら特別支援学級とかに通うような子だった。鼻をほじってそのまま口にいれてしまうような彼となんて、考えただけで鳥肌が立った。
その日私は指定された廃屋へ向かう途中、泣きながら歩いていた。
そんな私に声を掛けて来たのが、小学校低学年くらいのランドセルの似合う女の子…ナミちゃんだった。
「お姉ちゃん、どうしたの…?」
中学生にもなって泣きながら歩いている私を、ナミちゃんはおろおろしながら見ていた。私は慌てて涙を袖で拭って、ナミちゃんを見た。この辺で見た事ない子だなって印象だった。何だかお嬢さんって空気で、こんな田舎には似合わない感じだった。
「何でもないよ…この辺の子?」
「この間、パパとママと引っ越しして来たの!」
「そうなんだ…」
こんな場所に引っ越してくるなんて、可哀想に。何年かしたらこの子も汚されてしまうのだろう。…今の私のようになるのか、要領良く済ませてしまうのか。どちらにしろ、この地にいる事が不幸に思えた。
「ナミ、こっちにお友達いないから…お姉ちゃん、ナミとお友達になってくれる?」
泣いていた私に、子どもながらに気を遣ってくれたのかもしれないし、本当に寂しくてそう言ったのかもしれない。私にはどっちか分からなかった。
ナミちゃんが差し出してくれた手を、私はぼんやりと眺めてしまった。そして…私はぼんやりした頭で言ってしまったのだった。
「この先にね、古いお家があるの…誰もいないんだけどね。そこで暫く待っていてくれる? そしたら、私とナミちゃん…友達になれるんだ」
「ほんと! 分かった、そこで待ってる」
「私が行くまで、大人しく待っててね。誰か来ても、大人しくしているんだよ…?」
「分かったぁ! 待ってるね、お姉ちゃん!」
にこにこと笑って廃屋目指して走って行く彼女に薄ら笑いで手を振って。
私はその場でしゃがみ込んだ。
どうせ何年かしたら汚されるんだから、今だっていいでしょう?
私は門野君が初めてなんて、死んでも嫌なの。だから…ごめんね?
ナミちゃん、許して。終わったら…ちゃんと友達になるから。
慰めてあげるから。だから…
「ごめんね…ナミちゃん」
私の声は田んぼ道に吸い込まれて消えて行った。
この涙は後悔なんかじゃない。罪悪感なんかじゃない。
夕日を見て目に染みたのだと、自分に言い聞かせた。
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