カスミソウ

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 言っていることは理解できるけれど、ほんの少し、結衣子の言葉に何かが引っかかる気がして、純粋に受け止められない自分がいる。 「別にさ、お互い嫌いで別れたんじゃないんだし、みんなでご飯食べるくらいいいでしょ」  口調はいつものそれだ。だから深くは考えず、とりあえず、といった感じで頷いた。そんな私を見て、立ち上がるなり私の隣に移動した。  何やら意味を含んだように微笑んでいる。 「……結衣ちゃん?」 「ん?」 「ん、じゃなくて。その笑顔、怖いんですけど」 「和仁はいつも可愛いって言ってくるよ」  それらしい仕草を付けてそう言った。 「日曜日は、りおの好きなイタリアンのお店予約しといたから」 「え? 本当に!?」  イタリアンの一言で見事に頭が切り替わる。 「さすが結衣ちゃん。やっぱ仕事ができる人って違うよねぇ。今日は私が後片付けするから、結衣ちゃんはゆっくりしててね」  お皿を重ね、流しへ運ぶ。自分でも単純だと思うけれど、今にもスキップをしそうになって意識的にそれを止めた。自分のことを分かってくれている友達と大好きなイタリアン、それに、憧れの和仁様が揃えば、青野くんとも普通に会話ができるような気がした。  結衣子たちとの約束の日まではあっという間だった。  小学生の頃の夏休みくらい時間をのろのろと感じられれば、もう少しくらい心の準備ができたかもしれない。いざとなると、小心者の自分が嫌になる。  当日、店長の伊勢崎さんに残業が無理なことを伝えると、快く了承してくれた代わりに、意地悪な顔をこちらに向けられた。デートかと冗談ぽく言われ、あからさまに動揺してしまった。それでもそれ以上は何も聞いてこず、クスクスと笑っているだけだった。 「りおが行くって言ったんだからね! 今さら無理とかありえないから」  結衣子と並んで歩きながら、腕を組む彼女に当たり前と言わんばかりの勢いでそう言われた。 「それに──」  急に口調が優しくなる。 「和仁だってりおに会うの楽しみにしてたよ」  もったいぶるような言い方は、大人げないと言えばそうなのかもしれないけれど、私には十分に効果があった。なにしろ私は和仁様が大好きだからだ。 「結衣ちゃんてそういうとこ本当にドエスだよね」  ふて腐れた顔を向ける。 「いつものことじゃん」  歯を見せて笑うから、言い返す気すら失せてしまう。 「りおは甘やかすとすぐに調子に乗るからこれくらいの方がちょうどいいの」  ちょうどいいをはっきりと、それこそ嫌味っぽく言われた。  結衣子が予約を入れてくれたイタリアンのお店に着くまでの間、何度も大丈夫と自分に言い聞かせてはみたものの、次第に、何にそんなにも怯えているのか分からなくなってしまった。  しばらくして、結衣子がここだと言いながら指を差す建物に目をやる。レンガ造りのそれは、壁一面に蔦の葉が這っていた。まるで、ヨーロッパの古い洋館の一角のような、そこだけ日本ではないような雰囲気に包まれていた。  彼女のあとからお店に入ると、どれか一つ、というよりも、全体が一体となって目に飛び込んできた。  チョコレート色の床も、天井から吊らされているステンドグラスのランプも、丸と四角のテーブルも、ワイン色の背もたれの椅子も、どれもがしっくりとそこに収まっていた。素敵な空間に、思わずため息が出た。  店内の奥の丸テーブルに案内され、隣同士でそこに座る。  店内は満席だ。 「結衣ちゃん、めちゃくちゃおしゃれなんですけど」  思わず小声になって言った。 「でしょ。実は課長に教えてもらったの」 「さすが課長さん。仕事ができる人は知ってるお店も違うよね」 「確かにそれはそうだけど、仕事ができすぎて私なんかはついていくのが必死だけどね」  眉を八の字している。 「すごいね課長さん。また来ようね」 「まだ来たばっかだから!」  すかさず結衣子が言った。  ウェイターにメニューを渡されるより先に、入口に青野くんの姿を見つけた。途端、背筋がすっと伸びる。後ろにいる和仁様が、今だけはぼんやりとして見えた。  結衣子が手を上げると、二人ともが頬を緩めている。 「お疲れ様」  結衣子が言った。  和仁様は、お疲れと言いながら当たり前のように結衣子の隣に座った。だから、必然的に私の隣は青野くんになる。  目が合うと、また、目を細めた。それに、軽く会釈をする。そうしてから、他人行儀な自分の素振りに小さく後悔をした。 「りおはサングリアでしょ? 二人は何飲む?」  結衣子の声に笑顔を張り付けるようにして顔を上げる。今日が終わるまでは、絶対に取れないように意識を集中させた。  サングリアをひとつと、私以外の三人で赤ワインのボトルを注文した。  和やかに食事が始まる。けれど、私に限っては右肩上がりで緊張感が増しているのが分かる。 「りおちゃんとこうやって会うの久しぶりだよね」  ワイングラスを片手に和仁様が言った。 「本当ですね。この前は一瞬しか会えませんでしたから」  わざと悲しそうな顔を作ると、和仁様はもちろん、他の二人もふっと表情を緩め、結衣子に限っては、また言っていると言わんばかりの顔をこちらに向けた。 「春樹とも久しぶりなの?」  今日も天気がいいね、と同じくらいの自然な口ぶりに、戸惑ったのはたぶん私だけだろう。
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