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「そう、ですね……」
言ってから、隣の青野くんをちらりと見やり、「久しぶり」、自分でも聞こえるか聞こえないかくらいの声でそう言った。
和仁様は、私と青野くんを交互に見ながら微笑むだけだった。それを、気まずいとは思わなかった。
一杯目のサングリアのグラスが空になった頃、この雰囲気に呑まれたからなのか、三、四杯飲んだあとのような心地良さに襲われた。それでも、私にはそれくらいがちょうどよかった。
ずっと張り付けていた偽物の笑顔は、いつの間にか自然なそれに変わっていた。間違いなくお酒の力だろう。
「和仁様もこのパスタ食べますか?」
言いながらお皿を持ったつもりがうまくはそうできず、彼の方に押しやるようにして差し出した。
「ありがとう」
「どういたしまして」
ありがとうと言われたことが嬉しくてヘラヘラしていると、隣の結衣子が「その顔気持ち悪いから」と冷たく言い放った。
「和仁さまぁ、結衣子がいじめますぅ」
尖らせた唇を結衣子に向けるけれど、動じることもなく自分のグラスにワインを注いでいる。
「結衣子はりおちゃんに嫉妬でもしてるんじゃないんですかね」
和仁様の挑発的とも取れる一言に、結衣子は彼を軽く睨んだ。たまに見る二人のこの感じが、意外と好きだということはもちろん内緒だ。けんかが始まりそうな不穏な空気とは、また少し違う。
目だけで会話ができてしまうような二人の関係性に少なからず憧れている。
ただ、この二人はドエスとドエス。
私の知らない世界に大人な魅力を感じてしまうのは、私がまだまだ恋愛初心者だからだろう。
久しぶりに会った青野くんとは、隣同士にも関わらず当たり障りのない話を少ししただけだった。浅い会話の内容は、もうすでに覚えていないくらいだ。私たちが付き合っていた時のことには、私もそうだけれど、誰もふれないでくれたことにほっとした。今さら、それについて何を話せばいいのかなんて分かるはずがない。
レストランを出ると、自然と四人が顔を合わせる。言わないけれど、間違いなく飲み過ぎたと思った。足元がおぼつかないことはないけれど、真っ直ぐと歩けているのかは微妙なところだった。
「結衣ちゃん今日はありがとね」
自分の言葉がふわふわとしている。
目を閉じれば三秒で寝れそうだ。
「りおちゃん可愛いから、気を付けて帰るんですよ」
「和仁様……」
両手を胸の前で組み、うっとりと見つめ返せば、目を細めて微笑み返してくれる。
──その笑顔、癒されます……
大きな声で言わない代わりに、心の中で呟いた。
結衣子の腰に手を回した和仁様の姿は、遠慮がちに言っても、エロい。
──エロいですから!
これももちろん、心の中で呟いた。いや、叫んだ。
「それじゃあ俺は結衣子のことを送って、そのまま朝まで楽しいことをしますね」
言った途端、結衣子にお腹をぐうで殴られている。
「和仁様、テイクオフですね!」
飛行機の翼を真似して両手を横に広げた。
「この調子だと上空の天候は荒れそうです」
お腹をさすりながら言っている。
「シートベルトをしっかりとお締め下さいね」
私が言うと、親指を立てて「アイハブ」と言った。だから同じように親指を立て、「ユーハブ」と返す。
決してふざけているわけではない。楽しんでいるだけだ。けれどすぐ、場の空気を変えるように結衣子の大きな咳払いが響いた。
「二人とも、ばかなことばっか言ってないで帰るよ!」
二人ともを強調し、私たちの顔を往復した。だから、とりあえずと言わんばかりの子供のような返事をする。
「それとさ、青野くんりおのこと送ってってもらえないかな? 見ての通りさっきからずっと足元ふらふらしてるから、お願いできると嬉しいんだけど?」
結衣子のお願いに、一瞬酔いが冷める。
ゆっくりと、顔だけを青野くんの方に向けた。それからさらにゆっくりと結衣子の方を見る。
──何を言っているんだ小西結衣子!
目は口ほどに物を言う。今まさに私がそれを実践していることに気付かないのだろうか。
──青野くんと二人きりはちょっと……
今度は遠慮がちに訴えてみる。
和仁様はタクシーを停めてくると先程からこの場にはいない。こんな時、和仁様がいてくれたならどういった助言をしてくれただろう。
「りおが嫌じゃなかったら」
青野くんが言った。
相変わらずな物言いだ。
「いいよね?」
有無を言わせない結衣子の口調に、頷く他に選択肢がなかった。
「それじゃあ青野くんりおのことよろしくね。りお、また連絡するね」
そう言うと、和仁様がこちらに戻ってきた。路肩にはタクシーが一台停まっている。どうやら私と青野くんはここから二人きりになるらしい。いや、なる。
今からこのあとのこと想像しているのか、和仁様の表情は緩みっぱなしだ。それに加え、ほとんど結衣子しか見ていないようで、私たちに片手を上げるとあっさりと背中を向けた。もちろん反対の手は結衣子の腰をしっかりと掴んでいる。
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