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自然と二人を見送るかたちになり、タクシーのテールランプをみるともなくそうしていると、青野くんに呼ばれてはっとなった。
「僕たちも帰ろうか」
「あ、うん。なんか、ごめんね」
「ううん、りおは僕が送るの本当に嫌じゃなかった?」
「私は、全然。それよりも、私に会うの、嫌じゃなかったの?」
正直、そればかりが気になって仕方なかった。
隣の彼を見上げようとして、できなかった。彼の胸元辺りで視線が止まる。
「……僕がさ」
どこか遠慮がちに話し始めた。
「結衣子ちゃんに頼んだんだ。また四人で食事でも行けたらって」
だとすれば、青野くんに会うための心の準備はいらなかった。そう思った途端、モヤモヤとしていた何かがすっと消えてなくなった。
「そうだったんだ。私はてっきり結衣子が無理矢理誘ったのかと思って」
「ううん。りおの方こそ僕とは会いたくないんじゃないかなぁて思ってたから、来てくれて嬉しかった。ありがとね」
「ありがとうなんて、私は別に何も……」
両手を顔の前で左右に振る。と言うか、ばたつかせていると言った方が正しい。
瞬間、視界が大きく回った。同様に体も大きく左右に揺れた。
咄嗟に青野くんの腕を掴んだ。彼もまた、私の二の腕を掴んでいる。
「大丈夫!?」
心配そうに私を見つめる彼の目に、ゆっくりとピントが合っていく。
「だ、大丈夫、大丈夫……」
青野くんに言っているのか、自分に言っているのか分からなかった。とりあえず答えているといったそれだった。
「結衣子ちゃんがああ言ってくれて良かったよ、じゃなきゃ今頃転んでけがでもしてたんじゃない?」
心配する素振りもなく笑いながら言っている。
「すみません……」
「タクシーでいい? それとも電車で帰る?」
「──青野くんに、任せます」
恐縮して言った。すると、車道側に寄り、流れる車の中からタクシーを見つけて片手を上げた。
ハザードを出しながらスピードを落とすタクシーを見ていると、青野くんが一歩私に近寄った。
「家まで送るから」
ぼそぼそと言ったその一言にお礼を言う。すると彼が、目を伏せてふっと笑った。
タクシーが停まり、後部座席の扉が開く。
「頭ぶつけないように気を付けて」
この状況に、酔いが冷めたと思っていたけれど、それは全くの気のせいだった。
三秒で寝れると思ったのは間違いではなく、タクシーが動き出したのと同時に睡魔に襲われ、心地良い揺らぎに簡単に意識が途切れた。
次に目を覚ました時は、私のマンションの目の前だった。青野くんに肩を叩かれて起こされるなり、ぼんやりとでしか状況を把握できていないまま、言われるがままにタクシーを降りた。
エントランスでオートロックを解除したのは青野くんだ。
エレベーターの行き先階ボタンを押したのも、部屋のドアを開けたのも、彼だ。
その一連の動作に違和感を感じることもなく、部屋に上がるなりいつも通りに電気のスイッチをつけた。
「平気?」
そう聞かれ、平気だと答える。
「水かなんか、飲み物ある?」
「冷蔵庫にお茶が入ってる」
そう答えると、彼が冷蔵庫を開けて適当なグラスに冷たいお茶を注いでくれた。それを私に手渡してくれるから、私のためだと気付くなり単純に嬉しくなった。
「──ありがと」
一口飲んでローテーブルに置いた。
「本当、何から何までありがとうございます」
言いながら頭を下げると、床に座っている私の隣に彼も腰を下ろした。
「気にしないで、僕がそうしたくてやってるだけだから」
相変わらず、優しい台詞をさらりと言う。
「青野くん明日仕事は?」
「明日は午後からだから、りおは?」
「私は休みです。すみません……」
「謝らなくていいから」
そう言われ、もう一度謝りそうになり寸前で飲み込んだ。
「……聞いてもいい?」
「ん?」
「例の、彼のこと」
それだけで「ああ」となった。
「その、うまくいってるの?」
私が青野くんの立場なら、そんなこと聞けないし、聞きたくもない。
彼は、どういう思いで聞いてきたのだろう。
「……うまくはいってない、かな」
彼が、短く息を吸った。
「こんなこと、聞きたくないでしょ?」
続けて私が言うと、小さく首を横に振った。
「私、器用じゃないから。周りが見えなくなることなんてしょっちゅうだし、立ち止まって考えることもへたくそで、だから前にしか進めなくて」
言いながら、情けなくなってくる。
「優しくされるとふらふらしちゃうし、勘違いしてることにも気付けないし、本当、救いようがないよね……」
言葉にしながら、分かっているならなんとかしろと自分に言いたくなる。
青野くんは、何も言わなかった。
「だから、青野くんみたいな素敵な人が、私なんかを好きになってくれたのは奇跡だよ」
言ってから、鼻から大きく息を吐いた。
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