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言いながら、私を店の中へと促すような仕草をする。
「青野くんがお店分かんなかったら困ると思ったから」
「ありがとう」
席へ案内され、向かい合って座る。
私の方に右肩を向け、テーブルからはみ出すようにして足を組んだ。
ロールアップしたジーンズの裾から見えるくるぶしが、意外と好きだったりする。
「相変わらず体大きいね」
「ええ?」
驚いたような顔で彼が笑った。
「ここに来るの久しぶり?」
私が聞いた。
「たぶん、りおと来たのが最後じゃないかな」
聞いてから、少しだけ、聞かなければ良かったと思った。
「……な、何飲む?」
ほとんど無理矢理に話題を変えた。
「じゃあ僕は、とりあえずビールにしようかな。りおは?」
「私はえっと、オレンジジュースで」
「今日はお酒飲まないの? 明日も仕事?」
「いや、何て言うか。この前飲み過ぎて転びそうになったし、迷惑かけないようにと思いまして……」
恐縮しながら苦笑いを向ける。
「りおらしいね」
見るからに、今の今まで冷蔵庫でスタンバイしていたと思われるビールジョッキと、細長い洒落たグラスをお互い手に取り、どちらからともなく乾杯をした。
オレンジジュースとはいえ、「飛行機」のオレンジジュースは結構本気で、甘味よりも酸味が強い。飲んだ瞬間、頬っぺたの内側がソワソワする。と、前に結衣子に言ったことがあるのだけれど、ただ一言、「しない」、そう言われただけだった。
今日も頬っぺたの内側をソワソワさせながら、こっそりと青野くんを見ると、彼もちょうどこちらを向いたところだった。視線がぶつかる。それだけのことなのに、なんだか調子が狂う。無意識に鼓動が早まり、目をそらすタイミングが掴めない。
「適当に料理注文してもいい?」
青野くんが言った。
「あ、うん。任せる」
自然に見えるよう、そろそろと視線を下げた。そして、こっそりと頬っぺたの内側を噛んだ。たぶん、この説明の仕様がない気持ちは、それこそ頬っぺたの内側がソワソワするのと似ているかもしれない。
「何かあったの?」
そう言われ、はっとなって顔を上げる。
「もうさ、りおから連絡来るとは思ってなかったから、何かあったのかなぁと思って」
「別に、何もないよ。何て言うか、この前久しぶりに会えたのもあって、何してるのかなぁて思って」
「そっか。まぁ、理由はなんでもいいけど、僕は、りおとまた会えて嬉しいから」
「本当に?」
「て言うか、この前から疑いすぎだから。僕ってそんなに信用なかった?」
眉尻を下げる彼に向かって、首を横に振る。
「いえ、そんなことは決してないです。むしろそう言われるのは私の方だと思ってますから……」
膝の上できゅっと両手を握る。
すると彼が、手のひらを上向かせて私の方へ差し出した。意味が分からないと言う顔を向けると、さらに手のひらをこちらに寄せた。だからなんとなく、その手のひらの上に自分の手を重ねた。
彼が、ぎゅっと握った。
「そんな言い方しないでよ」
「ね?」とは言わない代わりに、すっと目を細めた。
そんな目で見られては、頷く他にない。
確かに、私がずっとこうでは、青野くんも気が重く感じるだろう。彼の優しさを嬉しく感じるけれど、どうしてだろうか、同じくらい苦しくも感じた。
「本当にいいの?」
店を出てからもう一度聞いた。
「僕から誘ったから」、青野くんはそう言って食事代をおごってくれた。本当は私の方が先に誘ったと言ったところで、きっと信じてはくれないだろう。でも、間違いなく今日は私から誘った、と思っている。
「じゃあ、お言葉に甘えて。ごちそうさまです」
ゆっくりと並んで歩き出す。今日は、足元がふらつくこともない。
「送るよ」
言うなり車道側へ寄り、片手を上げてタクシーを停めた。その光景が、なんともスマートだ。
すぐに停まったタクシーに、私を先に乗せてくれ、そのあとで自分も乗り込んだ。あまりにも普通にそうしたあと、私のマンションの近くにあるコンビニの場所を運転手さんに伝えている。
ウインカーを出してすぐ、滑るようにタクシーが走り出す。
車内は静かなものだった。隣に目を向けると、青野くんは窓の外を向いていた。しばらくは盗み見るように様子を伺っていたけれど、彼はぴくりとも動かなかった。
シートに深く体を預ける。顔だけを、ほんの少し右に傾けた。車窓を流れる街の灯りを見るともなく見ていると、心地良い揺れに次第にまぶたが重くなってくる。意識的に目を見開き、必死に睡魔と戦う。
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