ひまわり

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ひまわり

 ひまわりは、太陽ばかりを見ていてたいくつしないのだろうか。  決して手の届くことのない存在に、ただひたすらに手を伸ばすことほど虚しいものはない。と、自分の言葉に酔ってみる。  カフェのカウンター席から見える名前も知らない背の高い木からは、耳の奥に突き刺さるほどの大音量でセミの鳴き声がしていたけれど、さすがにここまでは届かない。  緊張と言うほどのものではないけれど、少なからずドキドキしていた。  これからここに結衣子がやって来るのだけれど、たぶん、いや絶対に、半年前と同じことを言われるに違いない。偶然なのかなんなのか、あの日と場所までもが同じだ。自分で指定しておきながら、苦笑いがもれた。 「りおの話したいこと、なんとなく分かっちゃったんだけど」  言いながら隣の椅子を引き、アイスコーヒーをテーブルに置いた。それも、ほとんど棒読みだ。 「しゃべりながら登場しないでよ、びっくりするじゃん」 「村本さんの話でしょ?」 「そ、それは、まぁ……」 「それで? あのあとなんかあったの?」 「村本さんの話もそうなんだけど、結衣子はさ、本当はどう思ってるのかなって?」 「どうって?」 「青野くんのことだよ。結衣子はさ、私と青野くんがよりを戻せばいいとか言ったり、気を持たせるような態度はだめだとか言ったり、青野くんのこと応援するとか言ったり。なんか色々でよく分かんないんだけど……」  横目で隣を見ると、 アイスコーヒーは半分ほどに減っていた。 「確かに言ってることめちゃくちゃかもね。でも、嘘はないよ。りおってバカみたいに流されやすいじゃん。自分の気持ちがよく分かんないっていう気持ち、分からなくもないけどさ、相手に合わせてばっかだと、軽い女って思われても仕方ないからね。だから色々言いたくなるんじゃん」  なるほどと思ってから、ゆっくりと息を吐いた。 「で? 村本さんの話は?」  切り替えの早さは相変わらずだ。 「ああ、えっと──」  必死に頭を切り替えるように、村本さんの顔を思い浮かべた。 「村本さんて、話上手だから時間経つのあっという間で、大人なのに子供みたいだし、だけどやっぱり大人で、遠慮がないようで実は気を遣ってくれてたり。とにかく一緒にいてすごく楽しかったんだよね」 「……でしょうね」 「次は二人でご飯行こうって約束したし、それに──」  思わず頬に手を添えた。  帰り際、タクシーに乗った時、村本さんの手が私の頭を撫でた。大きな手の感触が、一瞬でよみがえる。 「頭、撫でてくれて」 「はぁ!? それだけ!?」  結衣子の言葉が鋭角に突き刺さる。 「そ、それだけって?」 「まさか、それだけで好きになったとか言わないよね!?」  を強調して言っている。 「それだけって。て言うか、まだ好きかどうかなんて言ってないし……」 「言ってるも同然だから! 本当にそれだけで落ちちゃったの?」  今度はものすごく落ち着いた口調だ。 「だって……」  ほとんど言い訳だったけれど、今さらだとも思った。 「言葉は乱暴なのに、急に優しいから、なんだかドキドキして……」 「単純」  言われるとは思っていたけれど、実際のそれはやっぱり胸に突き刺さる。  私の顔をじろじろと見ながら肩を大きく上下させた。何か言われるだろうと構えていると、「で?」、その一言に、全てが集約されている気がした。 「向こうはどんな感じだったの?」  「どんな」、呟くように言ってから、斜め上に視線をやった。 「ただの暇潰しでもう一軒行こうって感じだったのか、りおに興味があって誘ったのか。なんかそれらしいこと言われたりしなかったの? 好意があるようなことをさ」 「好意があるかどうかは分かんないけど、私と会えて良かったって、言ってくれたくらいかな」 「それ、十分脈ありだと思うけど」 「そう、なの?」 「そうだよ!」  強めの口調でそう言われた。 「でも、会話の流れでさらっと言われただけだし、そんな感じには思えなかったんだけど」 「思えなくてもそうなの。向こうは間違いなくりおのこと意識してるから。そうじゃなきゃそんなこと言ったり次の約束なんてしないよ」  「約束」、そう言われると、確かにそうかもしれないと思い直した。村本さんも、私のことを。そう思うと、自然と頬が緩んでいく。 「それで、いつ会うの? 村本さんと」 「今度の日曜日、村本さんの仕事が終わってから一緒にご飯食べに行くの」 「翔太の時とは大違いだね」  久しぶりのその名前に、唸り声にも似た低い声がもれた。 「でもまぁ、良かったんじゃない。青野くんのことは正直ちょっと残念だけど、村本さんいい人そうだし、大人だし。りおがいいと思うなら、いいんじゃない」 「ありがと結衣ちゃん。なんかね、久しぶりに胸がきゅうって苦しくなったんだよね」  言いながら胸に手を当てた。 「青野くんだって、本当にいい人で、一緒にいて安心できるし、優しいし。だけど、二人でいても、前みたいには思えなくて、好きだけど、なんか、違う。分かりにくいよね、こんなんじゃ……」
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