ひまわり

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「ううん、りおの言いたいこと分かるよ。たださ、村本さんと青野くんが知り合いっていうのがちょっと引っかかるけどね」  そう言われてみればそうだと思った。 「──でも、気にしてても仕方ないか。出会っちゃったんだもんね、運命の人に」  わざとらしい言い方に、笑ってしまった。 「今度はちゃんとしたデートなんだから、この前とは雰囲気変えていかなきゃね」  目をキラキラとさせ、楽しそうにそう言っている。 「でも、どんな感じがいいかな。村本さんの好みとか分かんないし」 「夏だよ、恋の季節だよ。いい感じにチラチラ見せときゃいいんだって」 「チラチラって……」 「大丈夫! 間違いないから」  疑いの目を向けると、口だけで「大丈夫」と言った。それには、ほとんど同時にふっと笑った。 「本当、いつもいつもありがとうございます」  わざとらしく頭を下げてそう言うと、いつもの得意げな顔をこちらに向けた。 「あの日だってそうだよ。村本さんと帰れって言ってくれたタイミング、完璧だったもん」 「え、私そんなこと言った?」 「言ったじゃん、しかも大きな声で。覚えてないの?」  本当に覚えていないのか、眉を寄せて記憶をたどっているようだった。 「途中から記憶があやふやでさ」 「そうだったの? 結衣ちゃんいっぱい飲んでたもんね。でも、私は正直助かったって言うか、さすが結衣ちゃんって思ったけどね」 「まぁ、覚えてないけど、良かったなら良かったよ。それじゃあ、とりあえずチラチラできる洋服でも見に行きますか」  楽しそうに言う彼女に、頷きながら答えた。  「年齢に関係なく、男はみんなだからね」  昨日、伊勢崎さんに村本さんの話をしたら、真正面から私を捉えてそう言った。その瞬間、前にも同じようなことを誰かに言われたような気がした。そして、声色を変えると、伊勢崎さんはこうも話してくれた。  「雰囲気に流されて抱かれるのは、どちらに転ぶか分からない危険なギャンブル、だけど、純粋さを表に出しすぎて、手出しできなくさせるのも逆に危険」  遠くを見つめるその目は、思い出を懐かしむかのようだった。そこで確信した。姉さんではなく、もはや師匠だ。  その横顔に、思わず一礼をした。  流されず、純粋すぎず。その間のちょうどいいところだけを出せるほどのテクニックは、例によって全く持ち合わせていない。  午後七時、まだまだ西の空は明るい。  週末だけあってか、駅前にはたくさんの人が行き交っている。  今になって、じわじわと緊張が押し寄せてきた。  流されず、純粋すぎず、流されず、純粋すぎず、流されず、純粋すぎず……  心の中で繰り返す。  電車が駅に着いたのか、改札から流れるように人が出てきた。その中に、村本さんの姿を見つけた。手をふりながら、もう片方の手で、例のチラチラ大作戦のために購入した、薄いグレーのフレアスカートをきゅっと握った。  流されず、純粋すぎず、流されず、純粋すぎず、流されず、純粋すぎず……  彼が私に気付くぎりぎりまで、自分に言い聞かせる。そうしながらも、彼の姿にまた、あの日と同じ胸の苦しさを覚えた。もちろん、めちゃくちゃいい意味でのそれだ。  細身のダメージジーンズに、濃い茶色のサンダルが、健康的な肌の彼に似合いすぎている。 「お疲れ様です」  カメラが入っているのか、大きなカバンを肩から下げている。 「お疲れ、待たせた?」 「いえ、私も今来たところです」  このやり取りが、なんだかデートみたいだ。そう思うと、勝手に顔がニヤけてくる。  「ほな行こか」、ものすごく自然に彼がそう言い、ものすごく自然に並んで歩きだす。 「りおちゃん嫌いな食べ物とかある?」 「いえ、私なんでも食べれますよ」 「嫌いなもんなさそうな顔やもんな」  笑いを含んだ言い方だ。 「どんな顔ですかそれ!?」  そう言うと、私の顔真似をしているのか「こんな顔や」言いながら見せてくれる。 「今日な、ずっとパスタ食べたかってな。せやからイタリアンでもええか? 久しぶりにワインも飲みたいし」 「いいですね! 私は、バーニャカウダとピザと、あとはカプレーゼ食べたいです、楽しみですね」 「めっちゃ食うやん!」  感心するみたいに彼が言った。 「だって……」  言ってから口を尖らす自分に、「ああ、私恋してる」、咄嗟にそう思った。 「あと、ティラミスも食べたいです。村本さんは甘いものは好きですか?」 「甘いんはあんまり好きとちゃうねん」 「それじゃあ、一口あげますね」  後半早口で言いきると、「なんでや!?」、即座にそう答えてくれた。私の冗談にいちいち乗ってくれるのが楽しくて、ついついからかうようなことを言いたくなってしまう。  村本さんといると、とても安心できる。話をしていると、もう何年も前から彼のことを知っているような不思議な感覚になる。などと出会ったばかりの私が言えば、ものすごく嘘っぽく聞こえるかもしれないけれど、もっと、ずっと、隣にいたいと思った。  ──ああ、もう、だめだ……  もうそこまで迫って来ている「好き」を、言わない方が難しい。  会話以外に何もないこの状況で、村本さん以外に意識を向けるのは難しい。話の流れで、などということがないとも限らない。だから次第に、彼の話に耳を傾けるかたちになっていった。  相づちは、大げさなまでにしっかりと打つ。
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