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この前の同窓会ではゆっくりと話ができなかったこともあり、その分を埋めるかのように中学の頃の思い出話で盛り上がった。もちろん、卒業したあとのことや、今の仕事のことなど話題は尽きなかった。
「翔太くん飲み過ぎじゃない? 大丈夫? 顔が翔太くんじゃなくなってるよ」
心配して言うけれど、彼はぷっと吹き出すようにして笑うなり、大丈夫だと、大丈夫ではなさそうな顔で言った。
「翔太くん明日も仕事だよね?」
「ううん、明日は代休、ってだけじゃないけど、ちょっと飲み過ぎたかも」
少し前から緩めていたネクタイをさらに緩めると、テーブルに頬杖をついた。
「片島さんこそ大丈夫?」
「うん、私は大丈夫だよ。それじゃあもう少ししたらお店出よっか」
そう言うと、彼はゆっくりと頷いた。
最後にお水を飲んでから席を立ち、一人で支払いを済ませようとする彼に、悪いからと言って半ば強引に半分を支払った。
「片島さんて頑固なとこあるんだね」
店の外で彼が言った。
「だって……」
返す言葉が見当たらないでいると、
「そういうところ嫌いじゃないけどね」
独り言のように言うなり歩き出した。
「あのさ──」
隣に並んだ彼が、前を向いたままでそう言った。
「もう少し、一緒にいたいんだけど」
「うん、いいよ」
「え?」
顔ごとこちらを向いた。
「ん?」
「あ、いや、じゃあさ。ここからタクシーですぐのところにワインバーがあるんだけど、そこでもいいかな?」
「うん、もちろん」
先程の居酒屋とは打って変わり、翔太くんの連れてきてくれたそのお店は、ものすごく大人な雰囲気が溢れんばかりに漂っていた。 カウンターの端に並びで座り、普段聞くことのないジャンルの音楽に思わず耳を傾けた。
「何て言うかすごく、雰囲気のあるお店だね」
「俺もさ、初めて来た時はさ、場違いなところに来ちゃったなって思ったけど、今ではこの雰囲気が落ち着くって言うか、結構好きでさ」
自分の分のグラスワインと、私のサングリアを注文してくれると、カウンターの上で両手を組んだ。
「ずっと聞きたかったんだけどさ──」
彼の横顔を見上げる。
「片島さんて彼氏とかいるの?」
「ううん、いたら翔太くんと二人でここにいないでしょ」
「確かに、そうだよね」
言うなりこちらを向くと、ふっと笑った。
コースターが並べられ、翔太くんの前には大きめのワイングラス、そして、私の前にはころんと丸い形のグラスが置かれた。
改めて、乾杯をする。
それを一口飲むなり、彼がこちらに体を傾けた。
「俺さ、正直これ以上飲めないかも」
こそこそと言った。
「え、じゃあどうしてここに来たの?」
同じように声を潜める。
「だからそれは、片島さんともう少し一緒にいたかったからで……」
「無理しなくてもいいのに。とりあえず、これ飲んだらお店出る?」
申し訳ないと言った表情で頷く彼を見て、ふっと頬が緩む。
その姿は格好良いとは言えないけれど、彼の素の部分が見えた気がして、こういうのも悪くないと思った。だから少しだけ、彼よりも優位に立ったような気分になった。そうなると、ついつい調子に乗ってしまう。
この一杯で最後だと言っておきながら、そうはできなかった。強引に翔太くんにワインを勧め、二人ともの足元がおぼつかなくなった頃、彼のマンションに一緒に帰ってきていた。
上着を脱がせ、どうにか彼をベッドに寝かせる。
ふらふらする頭を押さえながら、大きく息をついた。
「片島さん……」
うわ言のように呼ばれ、頭を上げて彼を見る。すると、ぎこちない手つきでネクタイを外そうとしているところだった。それを手伝い、苦しいだろうとベルトも外し、ついでに靴下まで脱がせると、相変わらずの口調で「ありがとう」と言われた。
とりあえずは、意識があることに安心した。
ゆっくりと、ベッドの横に膝立ちになる。
「翔太くん? 大丈夫、じゃないよね。お水飲む?」
聞くけれど、眉を寄せ、低い声で「ううん」と言うだけだった。
「気持ち悪くなってない?」
「……うん」
「じゃあ、私は帰るから、ゆっくり休んでね。おやすみなさい」
そう言って立ち上がると、突然手首を掴まれた。
瞬間、昔見たドラマのワンシーンを思い出した。この状況と全く同じで、確かそのあとは、と思い出すよりも早く、掴んだ手首を自分の方へ引き寄せるものだから、ベッドの上で四つん這いの格好になってしまった。それも、彼の上に覆い被さるこの体勢に、私の中の危険シグナルが、遅れはしたものの点滅を繰り返している。
彼は、私の手首を掴んだままだ。
結衣子の言葉が今になって脳内に染み渡る。
──忘れていました、すみません!
心の中で結衣子に謝る。
──結衣ちゃんどうしよう!?
薄く開いたまぶたの隙間から、真っ直ぐに私を見上げている。
「……ここにいて」
かすれた声は、冗談ではなさそうだ。
「まだ、一緒にいたい」
その言葉に、悩まされる。
「……そ、それじゃあ、翔太くんが寝るまでそばにいるから」
我ながらもっともな答えだと思った。のもつかの間で、さらに引き寄せられると彼の腕にがっしりと抱きしめられた。
──結衣ちゃん! 結衣ちゃん!?
届かないとわかっていながらも、助けを求めて結衣子にテレパシーを送る。それも、ものすごく真剣にだ。
ふわふわとしていたはずの頭は、今は嘘のように冴えていた。
彼がゆっくりと体を動かし、私を自分の隣に移動させる。それからそっと、私の耳元に顔を埋めた。
「好きだよ」
消えてしまいそうなほどの小さな声、その言葉に、体中が感じてしまった。
──いやいやいや、この状況でときめいてどうする!?
すぐさま自分に問いかける。
確かに翔太くんは素敵で、そう思ったのも事実で、今も好きだと言われて嬉しくなっているのも認めるけれど、これはあまりにも展開が早すぎやしないだろうか。
翔太くんのことまだ何も知らないから、などと言い訳をしたところで、今さらだと言われてしまえばそれまでだ。
──神様、仏様、結衣子様!
ぎゅっと目をつむり、心の中で繰り返し助けを求める。
そうしていると、しばらくして耳元で寝息が聞こえ始めた。そっとまぶたを上げ、私を抱きしめている腕を指先でつつきながら様子を伺う。
「……寝たの?」
返事が返ってこない。
何度か名前を呼ぶけれど、反応は同じだった。
細く、長い息を吐く。
矛盾しているかもしれないけれど、どこかほっとしている自分がいた。
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