ひまわり

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「実はその、フラれてしまって……」  小さく唸ると、哀れむような目で私を見つめている。 「そっか」  私の代わりにため息をつくと、言葉を続けた。 「納得できない気持ちは分かるけど、相手がいることには、どうしようもない時もあるよね。その人、彼女がいたの?」  「彼女」という言葉に首をかしげる。 「それは、分からないです」 「ええ? なんで分からないの? 普通さ、彼女いるからごめん、とか言うでしょ」 「いえ、ただのごめんでした」 「じゃあ何? 彼氏?」 「ええ!? そっちまでは考えてなかったです」 「このご時世、ありえなくはないからね」  確かに、そう思ってからすぐ、その考えを打ち消すように首を横に振った。 「そのへんの事情は分からないですけど、とにかくここが苦しいです」  言いながら、両手を胸に当てた。  伊勢崎さんは、私の肩を抱いて頭を撫でてくれた。彼女の温もりが、体に染み渡る。  ──ありがとう姉さん!  こんな時は、師匠でなくやっぱり姉さんだ。  伊勢崎さんに応急措置を施してもらい、自分でも感じていた自分の違和感が少しはなくなったような気がした。  そして今から病院へ向かう。失恋専門科。その病院の院長先生の腕は確かだ。 「先生、胸が苦しくて眠れません!」  自分でも嘘っぽく聞こえた。  冗談でなくても冗談ぽく振る舞っていないと、泣いてしまいそうだったからだ。  向かいに座った結衣子、もとい院長先生は、渋い顔でこちらを向いている。 「病状は、あまり良くないですね」 「先生……」  言うなりうなだれる。  いつもの「飛行機」で、今日は始めから赤ワインを注文した。正直、サングリアの方が甘くて好きだけれど、あえて自分の好きなものは選ばなかった。だからと言って何がどう変わるわけでもないけれど。 「村本さんになんて言ったの?」  口調が院長先生から結衣子に戻っている。 「好きですって言った」 「向こうはなんて?」 「ごめんって、それだけ……」 「て言うかさ、村本さん彼女いたの?」 「それは、分かんない。何も言わなかったし、聞かなかった。って言うかそこまで頭が回らなかった」 「彼女、いるのかな、どうなんだろ。でも、いるならそれを理由にごめんって言うもんじゃないの?よく分かんないけどさ。で、そのあとは?」 「咄嗟にね、また会えますかって聞いたら、また会えるかもって言われた。それからすぐに村本さんがタクシーつかまえて、私だけ乗せられて、気を付けてねって。全然意味が分かんないんだけど」  話ながら考えてみるけれど、そこから見えてくるであろう彼の本意がどうしても分からない。  ぽってりとしたワイングラスに手を伸ばし、それの脚を指先で持つ。目線よりもやや上に上げ、透かし見るようにして中を覗く。もちろんそこには、私のほしい答えなどない。 「て言うかさ、出会って二回目で、それも酔っぱらいに好きって告白されたら、私でも断るかも」  低いうめき声とともに、口をへの字にして結衣子に向ける。そうしながら、あの時の村本さんに自分を置き換えると、確かにそうかもしれないと思ってしまった。 「何て言うか、私、色々間違えたのかな。私なりにすっごく我慢したんだよ。村本さんの言うことや、ちょっとした仕草を見てたらね、ほとんど無意識に言っちゃってたんだもん、好きって。しかも一回言ったら止まんなくなっちゃって、気持ちがどんどん溢れてきてね、好き好きって、私、何回言ったか覚えてないかも」  あの日の自分を冷静に見返すと、めちゃくちゃ痛い女だ。それこそただの酔っぱらいで、そんな女に絡まれた村本さんは、本当に災難だったと思う。 「話変わるけどさ、例のチラチラ大作戦は? 決行したの?」 「ああ、あれは結局何もできなくて、逆に何もしなかったことが唯一の救いと言いますか……」 「確かに、その状況で大作戦してたらただの変態だもんね。とりあえず人としてはセーフだね」 「セーフって……」  結衣子とため息が重なる。 「今さ、あきらめるのって聞こうとしたけど、その前に、村本さんの意味深と言うか、期待を持たせるような言動が引っかかって仕方ないんだけど。なんでまた会えるみたいなこと言うかな? そんなこと言われたらさ、あきらめるにあきらめきれないじゃん。酔ってたとは言え、こっちは告白してんだよ!?」  何かのスイッチが入ったかように、一気にそう言った。私の思っていることを全部言ってくれるものだから、何度もうなずいてその通りだと伝える。 「私、どうしたらいいかな……」  結衣子が咳払いをした。 「それじゃあ、もう一回村本さんに会って、今度は酔っぱらう前に、あの日のごめんのわけを聞いてみたら? そしたらりおも納得できるでしょ」
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