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アイビー
アイビーと自分は似ていると思った。
アイビーは、ただひたすらにそのツルを伸ばし、縦横無尽に広がり続け、決して後戻りはしない。そこに限って言えば、勝手に共感をしていた。けれど、寒さに強く、時には太陽を必要ともしない。それでも朽ちることはなく、一人でも十分に生きていける。それは、さすがに私には無理な話だ。
永遠の愛のシンボル、そんなふうに言われる由縁が、分かるような気がする。
水やりを終えたアイビーの葉に、太陽が反射してキラキラとしている。それを見ているだけで幸せな気持ちになれるのは、村本さんが言っていた九月の頭がやってきたからだ。
結局、村本さんのことはまだ好きでいることにした。と言うか、まだ好きなのだから仕方ない、と言った方が正しいのかもしれない。確かにフラれはしたけれど、自分に素直でいる方が、胸の苦しさがましな気がするからだ。
「今度の金曜日、夜の七時過ぎには仕事終わるから、そのあととかりおの都合が良かったら飯でもどう?」
二つ返事だった。嬉しかった。そしてその金曜日が今日だ。
「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」、昨日の夜、結衣子からそれだけが送られてきた。
こうなれば、この前以上に好きを伝えればいいということだろう。前に進めているのかは別として、現状が少しでも変われば、違う何かが見えてくるかもしれない。
好きでいると決めた以上、可能性がゼロでも自分をあきらめたくはなかった。
チラチラ大作戦は封印した。
今日は、細身のジーンズにレースのトップス。そして、低めのパンプスを選んだ。
「こうなったら楽しみなさい!」、店を出る前に伊勢崎さんに言われた。「全てを夏のせいにして楽しめばいいのよ」、とも言われ、失うものがなくなった今、この前よりもずいぶんと気持ちが楽だった。
うっすらと残っていた夕日が完全に沈むと、街の灯りが際立ちだち始める。
約束の時間ちょうどに店の前に到着すると、ほとんど同時に村本さんもやって来た。 前回と同じイタリアンの店だ。
村本さんは、あの日と同じ笑顔で私に向かって片手を上げた。
今日は始めから、彼の右隣に座った。
「あの、前回はすみませんでした!」
席に着くなり村本さんに頭を下げた。
彼は、当然のように驚いている。
「その、飲み過ぎたと言うか、なんと言うか……」
両手をテーブルの下でもぞもぞとさせながら、消えそうになる声をふりしぼる。
「ほんまやで。せやから今日はりおのおごりな」
そう言って歯を見せて笑うから、なんだかほっとした。
ゆっくりと深呼吸をする。
第二作戦、開始。
今日のところはカルーアミルクも封印した。最初から、オレンジジュース。あからさまに見えるとは思ったけれど、今日はどうしても素面のままで気持ちを伝えたかった。
第二作戦は、その名も好きです好きです作戦。素直に、かつ大胆に、そして分かりやすく、もちろんノンアルコールでだ。
「村本さん──」
トマトソースのペンネをフォークで刺し、熱々を口に頬張るなり「ん?」という顔をした。
「好きです」
真っ直ぐにそう言うと、思い切りむせている。
「やっぱり、好きです」
気にせずに重ねて言った。
「私は、村本さんが好きです」
ワインに手を伸ばすと、それで一気に流し込んでいる。
「お前──」
村本さんが大きく息をついた。
「分かったから、何回も言わんでええよ」
「だって、好きなんです……」
一度断られた事実は変わらないのに、次第に不安になっていく。好きがちゃんと伝わっているのかどうか、そこばかりが気になって仕方ない。
「あの──」
彼の顔は見れなかった。
「付き合ってる人、いるんですか?」
「ん、まぁ、うん……」
「そう、ですか」
なんとなく予想はしていた。でも、実際に本人の口から聞くのとでは全然違う。
胸の真ん中に、見えない何かが音を立てて突き刺さる。思わず、低いうめき声を上げそうになり、下唇を噛んでやり過ごす。
「……あの、えっと。彼女さん、怒らないんですか? その、私も一応女のはしくれで、二人きりでご飯とか、大丈夫なんですか?」
何か言わなければと、必死に言葉を探す。
「ん、うん。大丈夫やで」
動揺するでもなく、淡々と答えるものだから、途端に嫉妬がふくらんでいく。
「すごく、理解のある方なんですね」
言いながら虚しくなった。
ため息が出そうになり、寸前でぐっと飲み込む。
第二作戦、強制終了。
トイレに立ち、洗面所の鏡の前でどうにかこうにか気持ちを立て直す。
一人作戦会議は、意外にも三分ほどで終わった。
席に戻り、できる限り微笑んで見せる。
第三作戦、開始。
第三作戦は、こうなったら楽しむ作戦。
伊勢崎さんの言葉をそのままお借りしたこの作戦は、もはや自分に向けられているような、いや、それよりも方向性を間違えているような気がしなくもないけれど、先手必勝と言うか、頭を切り替えるのは大事なことだと自分に言い聞かす。
現実的な可能性はゼロ、もしくはマイナスだ。それでも、全てが終わったわけではないと、勝手な言い分に一人うなずく。
「村本さんは夏休みあったんですか?」
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