アイビー

1/6
前へ
/132ページ
次へ

アイビー

 アイビーと自分は似ていると思った。  アイビーは、ただひたすらにそのツルを伸ばし、縦横無尽に広がり続け、決して後戻りはしない。そこに限って言えば、勝手に共感をしていた。けれど、寒さに強く、時には太陽を必要ともしない。それでも朽ちることはなく、一人でも十分に生きていける。それは、さすがに私には無理な話だ。  永遠の愛のシンボル、そんなふうに言われる由縁が、分かるような気がする。  水やりを終えたアイビーの葉に、太陽が反射してキラキラとしている。それを見ているだけで幸せな気持ちになれるのは、村本さんが言っていた九月の頭がやってきたからだ。  結局、村本さんのことはまだ好きでいることにした。と言うか、まだ好きなのだから仕方ない、と言った方が正しいのかもしれない。確かにフラれはしたけれど、自分に素直でいる方が、胸の苦しさがましな気がするからだ。 「今度の金曜日、夜の七時過ぎには仕事終わるから、そのあととかりおの都合が良かったら飯でもどう?」  二つ返事だった。嬉しかった。そしてその金曜日が今日だ。  「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」、昨日の夜、結衣子からそれだけが送られてきた。  こうなれば、この前以上に好きを伝えればいいということだろう。前に進めているのかは別として、現状が少しでも変われば、違う何かが見えてくるかもしれない。  好きでいると決めた以上、可能性がゼロでも自分をあきらめたくはなかった。  チラチラ大作戦は封印した。  今日は、細身のジーンズにレースのトップス。そして、低めのパンプスを選んだ。  「こうなったら楽しみなさい!」、店を出る前に伊勢崎さんに言われた。「全てを夏のせいにして楽しめばいいのよ」、とも言われ、失うものがなくなった今、この前よりもずいぶんと気持ちが楽だった。  うっすらと残っていた夕日が完全に沈むと、街の灯りが際立ちだち始める。  約束の時間ちょうどに店の前に到着すると、ほとんど同時に村本さんもやって来た。 前回と同じイタリアンの店だ。  村本さんは、あの日と同じ笑顔で私に向かって片手を上げた。  今日は始めから、彼の右隣に座った。 「あの、前回はすみませんでした!」  席に着くなり村本さんに頭を下げた。  彼は、当然のように驚いている。 「その、飲み過ぎたと言うか、なんと言うか……」  両手をテーブルの下でもぞもぞとさせながら、消えそうになる声をふりしぼる。 「ほんまやで。せやから今日はりおのおごりな」  そう言って歯を見せて笑うから、なんだかほっとした。  ゆっくりと深呼吸をする。  第二作戦、開始。  今日のところはカルーアミルクも封印した。最初から、オレンジジュース。あからさまに見えるとは思ったけれど、今日はどうしても素面のままで気持ちを伝えたかった。  第二作戦は、その名も好きです好きです作戦。素直に、かつ大胆に、そして分かりやすく、もちろんノンアルコールでだ。 「村本さん──」  トマトソースのペンネをフォークで刺し、熱々を口に頬張るなり「ん?」という顔をした。 「好きです」  真っ直ぐにそう言うと、思い切りむせている。 「やっぱり、好きです」  気にせずに重ねて言った。 「私は、村本さんが好きです」  ワインに手を伸ばすと、それで一気に流し込んでいる。 「お前──」  村本さんが大きく息をついた。 「分かったから、何回も言わんでええよ」 「だって、好きなんです……」  一度断られた事実は変わらないのに、次第に不安になっていく。がちゃんと伝わっているのかどうか、そこばかりが気になって仕方ない。 「あの──」  彼の顔は見れなかった。 「付き合ってる人、いるんですか?」 「ん、まぁ、うん……」 「そう、ですか」  なんとなく予想はしていた。でも、実際に本人の口から聞くのとでは全然違う。  胸の真ん中に、見えない何かが音を立てて突き刺さる。思わず、低いうめき声を上げそうになり、下唇を噛んでやり過ごす。 「……あの、えっと。彼女さん、怒らないんですか? その、私も一応女のはしくれで、二人きりでご飯とか、大丈夫なんですか?」  何か言わなければと、必死に言葉を探す。 「ん、うん。大丈夫やで」  動揺するでもなく、淡々と答えるものだから、途端に嫉妬がふくらんでいく。 「すごく、理解のある方なんですね」  言いながら虚しくなった。  ため息が出そうになり、寸前でぐっと飲み込む。  第二作戦、強制終了。  トイレに立ち、洗面所の鏡の前でどうにかこうにか気持ちを立て直す。  一人作戦会議は、意外にも三分ほどで終わった。  席に戻り、できる限り微笑んで見せる。  第三作戦、開始。  第三作戦は、こうなったら楽しむ作戦。  伊勢崎さんの言葉をそのままお借りしたこの作戦は、もはや自分に向けられているような、いや、それよりも方向性を間違えているような気がしなくもないけれど、先手必勝と言うか、頭を切り替えるのは大事なことだと自分に言い聞かす。  現実的な可能性はゼロ、もしくはマイナスだ。それでも、全てが終わったわけではないと、勝手な言い分に一人うなずく。 「村本さんは夏休みあったんですか?」
/132ページ

最初のコメントを投稿しよう!

300人が本棚に入れています
本棚に追加