アイビー

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 一番気になるのは、どうして村本さんは青野くんに代わりに行ってほしいと頼んだのだろうか。どうして一言行けなくなったと言ってくれなかったのだろうか。村本さんなりの優しさなのか、単純にめんどうだっただけなのだろうか。タイミング良く青野くんがいたからといって、デートの代わりを頼むことに抵抗はなかったのだろうか。  どうして、どうしてが、頭の中をぐるぐると回っている。  そもそも、私の気持ちを知っていてのこれは、結構辛いものがある。彼女がいることも分かっている、強引にデートに誘ったことも認めるけれど、やっぱり、辛い。 「りお」 「……え?」 「どうかした?」  どうしたもこうしたも、どうもしまくっている。とは言えない。代わりに、精一杯の「なんでもない」を返した。  その直後、細い所を思い切り空気が抜けるような乾いた音した、そして、心臓に響くほどの轟音と共に、大きな花火が夜空に咲いた。 「きれい……」  思わず、独り言のようにそう言っていた。  今日の色々をなかったことにできるなら、きっとこの花火をもっと素直に楽しめたはずだ。  まるで、昼間の空を見ているかのようだった。  轟音と歓声が一気に響き渡り、最後は拍手が巻き起こった。つられるように自分も手をたたく。そして、空に暗闇が戻ると、途端、現実に引き戻された。祭りのあとの静けさ、そんな言葉を聞いたことがある。今がまさに、そんな感じだ。何かが、どこかが、ぽっかりと穴があいてしまったような、なんとも心もとない気分だ。  さきほどから隣で話している青野くんの言葉がうまく聞き取れない。少し離れた場所で誰かが話しているみたいな、とにかくぼんやりとしていた。  来た道をゆっくりと歩きながら戻る。一言、二言ほどのやり取りのあと、一つ目の頼りない街灯を通りすぎた辺りで突然二の腕を掴まれた。体がつんのめり、自分の下駄につまずきそうになる。 「ごめん」  一応といった感じで彼が言った。  振り返るようにして彼を見上げると、見つめ合ったまま、腕を引かれて抱きしめられた。  頭の上ので、彼が大きく一呼吸した。 「この浴衣、村本さんのため?」  その名前に体ごと反応してしまった。  「村本さんのため?」、そんなことを言われるとは予想もしていなかった。  そうだとも、そうでないとも、うまく答えられない。 「りおは、村本さんのこと……」  背中に回された腕に、ぐっと力がこもる。  続きに耳を傾けるけれど、青野くんは黙ったままだ。  その腕がゆるめられ、顔を合わせると、そこにはいつもの優しい顔があった。けれど咄嗟に、嘘だと思った。その笑顔は、間違いなく作り物だ。  付き合っていた時から思っていたけれど、こういう時にまで、彼は優しい顔をする。だから時々、本心が分からなくなることがあった。 「……帰ろっか」  何事もなかったかのような口調。  私が言える立場ではないけれど、青野くんのこれは、器用なのか不器用なのか、一体どちらなのだろう。思っていても、それ以上踏み込む勇気はなかった。  満員電車に揺られながら、モヤモヤした気持ちも一緒に押し潰してほしいと思った。小走りで改札を抜け、生ぬるい空気を肺いっぱいに吸い込む。  自分の部屋に帰るなり、大きなため息と共に色んな感情が吐き出される。  悲しいわけでも、悔しいわけでもない。たぶん、虚しさからのそれだろう。空回りも空回りすぎて、自分が今どこを向いているのかも分からなくなる。いつものことと言えばいつものことだけれど、できるなら、こうはなりたくはなかった。  花火大会の日、もうほとんど日付が変わろうという頃になって、ようやく村本さんから連絡があった。たった一行の、と言うか、たった数文字のメッセージ。  「今日はごめんな」、見た瞬間、なんとも言えない気持ちになった。それでも、一応でも、連絡がきたことにはほっとした。だけど、ほんの少し欲を言えば、嘘でも言い訳でもいいから、気遣いの見える言葉がほしかった。彼女でもない私がそんなことを思うのは、わがままだろうか。  せっかくの休みだというのに、朝から灰色の空が広がっていた。  ソファーに寝転がり、先日の村本さんからのメッセージを眺める。  「今日はごめんな」、たったそれだけのメッセージを、あれから何度も読み返した。だけどそれだけで、それきりだ。  今さらあの日のことで彼を責めたりするつもりはない。今はただ、ごめんでもなんでもいいから、単純に彼の声が聞きたかった。だけど、連絡をするにしても、言葉に迷った。  苦しいのに、どうして嫌いになれないのだろう。苦しいのに、村本さんの顔ばかりが頭に浮かんでは消えていく。  声が聞きたい、会いたいと思う反面、これを機に、彼のことは完全にあきらめてしまえばいいと思う自分がいた。だけど、そう簡単には納得してくれない自分もいた。
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