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「確かに青野くんの気持ち考えたらはっきりとは言いづらいかもね。しかもさ、そんなふうに聞くってことはさ、りおが村本さんのことどう思ってるのか気付いてるよね。後悔してるかもね、あの日、村本さんを紹介したこと。そんなつもりはなかったにしても、青野くんからすればさ、まさかこうなるとは思ってもなかったはずだもんね」
正直、青野くんのことまで考えている余裕はなかった。自分のことで精一杯で、と言うか、いっぱいいっぱいだ。
「たぶん、りおが浴衣を着て待ってる姿を見て、全部分かったんだろうね。って、ごめん。りおを責めてるつもりはないんだけどさ、青野くんのこと考えたら、何て言うかさ……」
結衣子の言いたいことは、分かりすぎるほど分かる。だけどそれに、あいまいな相づちを打つことしかできなかった。
テーブルの端に視線をやり、見るともなくそうしていると、少しして、結衣子が店員を呼んだ。
「気にするようなこと言ってごめん。とりあえず飲もっか」
空気を変えるように明るくそう言うと、生ビールとカシスオレンジを注文してくれた。
村本さんのことで結衣子が怒る気持ちも分からなくはないけれど、怒ったところで、と言うあきらめが、少なからず私にはあった。だからといって気持ちが冷めてしまったわけではなくて、どちらかというとまだ、村本さんのことは好きなままだ。
いつの間にか話題は逸れ、結衣子の愚痴に変わっていた。例の課長さんの話だ。相変わらずのネタの尽きなさには、ある意味脱帽する。だからではないけれど、気付けば終電の時間ぎりぎりになっていた。
慌てて駅に向かい、駅の階段をかけ上がっていると、電車がホームに入ってきた。
肩を上下させながら、電車の入口に立つ。 窓の外を眺めていたけれど、その視線は次第に窓ガラスに写る自分へと変わっていく。駅まで必死に走ったせいで髪の毛は乱れ、お酒のせいで顔はむくんで見える。ここ最近のあれこれで、そこにいる私は別人のようだった。手ぐしで髪の毛をとかしてみるけれど、だからと言って何かが変わったとは思えなかった。
小さなため息がひとつ、あきらめて視線を窓の外に移した。
マンションに着き、部屋に入るなりかばんを放り投げるようにしてソファーに置いた。それからすぐ、倒れこむようにしてベッドに突っ伏した。
すぐ目の前の壁を見つめていると、次第に距離感がおかしくなってくる。近いのか、遠いのか。まるで、村本さんみたいだ。
長くゆっくりと息を吸い込む。それが、ため息になる寸前でかばんの中のスマホが振動していることに気が付き、飛び起きるようにしてかばんの中からスマホを取り出す、とそこまでは威勢が良かったのだけれど、村本さんかもしれないと思うと、画面を押すことに躊躇してしまった。
握りこぶしをぎゅっとしてから、スマホの画面をそっとタップした。
村本さんからだ。
「お疲れさん。来週あたり時間作れそうやから、うまい肉でも食いに行こか?」
特別なことが書いてあるわけでもないのに、何度も読み返していた。これをいったい、どの感情で受け止めればいいのだろう。
文面を見る限り、村本さんはあまりにも普段通りで、悩んでいる自分がおかしいのかと錯覚しそうになる。
花火大会のことは、村本さんにとってはもうすでに過去のことなのだろうか。
「はい、お願いします。行けそうな日が分かったら連絡ください」
それでもやっぱり、村本さんに会いたい。
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