ガーベラ

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「はぁ!?」  はっきりと、くっきりと、文字一つ一つが私の体に突き刺さるような言い方だ。  もう何度となく言われてきたけれど、全く慣れる気がしない。  翌日、翔太くんとのあれこれやを長々と文章にして結衣子に送ると、即効で電話がかかってくるや否や、有無を言わせない口調で一言、「集合!」と言われた。  そして今、結衣子がずっと来たいと言っていたお店で向かい合って座っている。なにも今日でなくても、そう思うけれど、「突然思いついたから」、などと言われてしまえば、断る理由も権限も、今の私にはない。  ──飛行機オタクめ……  この状況では冗談でも決して口にはしないけれど、背筋を伸ばし、店内のあちこちに飾られている飛行機の模型に目を向けながら、伏せ目がちに彼女の様子を伺う。  店内に流れるハワイアンミュージックとは似つかわしくない空気を漂わせた結衣子が、とりあえず生ビール、と私に向かって言った。すぐに手を上げて店員を呼び、自分の分のオレンジジュースと一緒に注文する。 「だから私言ったよね? 翔太も男だってこと忘れるなって」 「だって……」  口を尖らせて次の言葉を考えていると、 「その口やめて!」  わざわざ指をさして言うものだから、今度は口をへの字にする。 「なんで家までついて行っちゃうかなぁ」  ため息混じりに結衣子がそう言った。 「だって、翔太くん足元ふらふらだったし、一人じゃ危ないかなぁと思って……」  次第に声が小さくなるのは、結衣子の目が真っ直ぐに私を捉えていたからだ。 「電話でどうしようどうしようってずっと言ってたけどさ──」  左右を素早く見回すと、顔をずいっと近付けてきた。 「ヤッちゃったらならどうしようもないじゃん」 「え?」 「え、じゃなくて! どうしようもこうしようも、ヤッちゃったらそういうことでしょ? 翔太は完全にその気だよ!? 間違いなくいけると思ってるよ! 一時の感情でそうなっちゃう気持ちは分からなくもないけどさ、本当に翔太で良かったの?」 「ちょ、ちょっと待って!」  話を続けようとする結衣子を止め、この会話の違和感に首を傾げた。 「何?」  彼女の口調は苛立ちのそれだ。  タイミングが良いのか悪いのか、生ビールとオレンジジュースが運ばれてきた。乾杯とは言わないけれど、両手に持ったグラスを軽く上げる。 「私、その、翔太くんとは、何もないから」  否定しただけにも関わらず、恥ずかしくなってオレンジジュースの入ったグラスで口元を隠す。すると、驚いた顔をした結衣子が、生ビールのジョッキをテーブルに戻した。その勢いで泡が溢れ出している。 「え、何? 翔太とヤッてないの?」  小さく二回、頷いた。 「ベッドで一緒に寝てたんだよね?」  同じようにもう一度頷く。 「はい? 何? 抱きしめられて、好きって言われて──」  まばたきを繰り返し、何かを考えているような素振りを見せた。 「それで終わり?」  しっかりと頷き答える。  彼女の眉を寄せたその表情は、意味が分からないと言っているようにも見えた。 「ありえない……」  私を通り越し、その視線は宙をさ迷っているようだった。 「ありえない、とは?」  遠慮がちに聞き返した。 「ありえないよ! その状況で何もしないなんて聞いたことないから! もしかして翔太って童貞ボーイ?」 「結衣ちゃん声が大きいから」  苦笑いで結衣子に訴える。 「いや、真面目に」  言葉通りの顔で聞いてきた。 「そんなの知らないよ! 久しぶりに会った相手に普通そんなこと聞かないでしょ、て言うか聞けないから」  声を抑えて言い返す。 「それはまぁ、確かに」  納得したのか、ようやく生ビールを一口飲んだ。 「それでその後翔太から連絡は?」  結衣子が続けた。 「まだ、ない……」 「まだ、ない?」  確認するようにゆっくり言葉を繰り返すと、すっと息を吸い込んだ。 「まだ、ない?」  全く同じ調子でもう一度聞いてきた。 「うん……」  責められているような気分になり、思わず声が低くなる。 「え、何、ふざけてんの?」 「いえ、真面目に答えてます」 「翔太だよ!」  「ですよね」、となったけれど、その言葉は咄嗟に飲み込んだ。  そこから結衣子の口は止まらなかった。それも、お酒と共に過熱する一方で、翔太くんに対する批判から始まり、実はゲイではないかという詮索をあれこれとしたあと、童貞でマザコン、ありえない性癖の持ち主で、自分自身に対しての放置プレイで快感を得ている、という訳の分からない結果になった。  決して童貞やマザコンが悪いわけではないけれど、彼女がそれらの言葉を並べると、どうしても否定的に聞こえてしまうのは、この際お酒のせいだと思いたい。  一体、結衣子の頭の中はどうなっているのだろうか。  ここまでくると、もはや苦笑いすら出てこなかった。 「ねぇ結衣ちゃん。考えすぎだし、飲み過ぎだから!」  言われっぱなしでは仕方ないと、強気な姿勢で言ってみせる。 「でも、遠からず当たってるよね?」  人の話を聞いているのかいないのか、いや、この調子だと後者だろう。  鼻から大きく息を吐き、そしてまた、大きく吸い込んだ。 「知らないよ!」  今日一番に声を張った。
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