ガーベラ

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 結衣子の想像に共感できるものは一つもなかった。私自身も翔太くんのことを何でも知っていると言うわけではないし、現時点ではまだ、中学生の頃のままで記憶が止まっていると言っても過言ではない。だからではないけれど、大人になった彼のことをもっと知りたいと思っていた。  けれど確かに、好きだと言っておきながら何の連絡もないのは…… 「恥ずかしいだけなのかもしれないよ?」 「あんたバカ!?」  三杯目は生ビールから烏龍茶に変えているあたり、明日の仕事のことをきちんと考えているのだろう。 「バカじゃないもん」 「じゃあ仮に、ただ恥ずかしいだけで連絡してこないなら、そんな奴、やめた方がいいから」 「なんで?」 「そんな男らしくない奴私は無理! 翔太はりおのことからかってるだけなんじゃないの? 向こうだって久しぶりに会ってテンション上がっちゃっただけでしょ」 「それが本当だったら悲しいんだけど」 「悲しいんだけど、じゃなくてさ」  わざわざ私の口真似をして言った。しかも、間違いなくバカにしている言い方だ。大げさに拗ねたふりをして返す。 「だからさ、また新しい恋でも見つけようよ、りお得意でしょ」  さらに結衣子が話を続けていると、スマホにメッセージが届いた。それをテーブルの下でこっそりと見ると、「翔太くん」、思わず名前を口にしていた。 「ん、何?」 「翔太くんから」  届いたメッセージを結衣子に見せる。 「内容はさておき、翔太って間が悪いのかいいのかよく分かんないだけど」 「翔太くんなんて?」 「読んでないんかい!」  烏龍茶のグラスを持ったまま、顎をしゃくった。 「お疲れ。昨日はありがとう、今夜電話してもいいかな?」  結衣子に目を向ける。 「とりあえず、連絡はくるみたいだね」 「うん」  ほっとしてもう一度そのメッセージを読む。 「ねぇ。もしもさぁ、部屋に帰ってからの記憶が曖昧で、みたいなことを言ってこようものなら、向こうの出方を待った方がいいかもね」 「え、なんで?」 「事細かにああだったこうだったって伝えたところで、本人覚えてないんだから意味ないでしょ。それに、翔太の言った好きになんの意味も気持ちもなかったら傷付くのりおだからね」 「なるほど」 「だから、もしもそういうようなことを言われたら、翔太を寝かせてすぐにタクシーで帰ったとかなんとか言っとけばいいから。本気で好きなら素面の時にでも絶対また言ってくるでしょ」 「さすが結衣ちゃん……」  こういう時、ものすごく頼りになると心の底から思う。  今日はやけにパンプスをきつく感じた。  自分の部屋に帰るなり、二人掛けのソファーにだらしなく体を預ける。  食事のあと、彼氏が迎えに来てくれるという結衣子と一緒に大通りのそばで待っていると、時間通りにシルバーの外車が横付けされた。そして、私に気付くなりわざわざ車から降りてきてくれた和仁(かずひと)様は、切れ長の目を細めて微笑んでくれた。  今では私も大好きな和仁様を紹介してもらったのは今から二年ほど前だ。なぜかその時から様付けで呼んでいるけれど、これと言った理由は特にない。強いて言うなら、結衣子よりもドエスなその雰囲気がそうさせたのかもしれない。ちなみに彼の職業はパイロットで、飛行機オタクの結衣子と出会ったのはまさに運命のいたずらとしか思えなかった。  お尻をずらし、ソファーの上に寝転ぶ。  床に置いたかばんの中から手探りでスマホを探し、それをお腹の上に乗せた。翔太くんからいつ連絡がきてもすぐに対応できる準備をしておく。それから、結衣子に教えてもらった翔太くんに対するを、頭の中で何度も練習する。  そして、イメージの中でほとんど完璧に受け答えができるようになった頃、お腹の上のスマホが鳴った。  急いでスマホの画面を見ると翔太くんだった。  短く深呼吸をしてから耳に当てる。 「もしもし……」  平然を装っていることがすでに不自然で、始めから声が上ずってしまった。 「あ、俺だけど、今大丈夫?」 「うん、大丈夫」  お互いに、少なからず緊張しているのが分かる。 「昨日は本当に楽しかった。ありがとね。まぁ、そのおかげで今朝は二日酔いだったけどね」  言うなり自嘲気味に笑った。 「もう平気なの?」 「うん、もう平気」  「ありがとう」と言ってから翔太くんが続ける。 「片島さんとあんなに話したの久しぶりって言うか、初めてに近いんじゃないかな。何ていうか、嬉しかった」  その言葉はどれも本心なのだろうけれど、素直に受け入れられない自分がいる。それもこれも、結衣子のもしもシリーズのせいだ。 「私も楽しかったよ。翔太くん話すのうまいから、いっぱい笑ったもん」 「俺も、いっぱい笑った」  楽しそうに言うものだから、そこにある緊張感が次第にほどけていく。 「それでさ──」  そう切り出した翔太くんの声色が、少しだけ変わった。  途端、身構えた。 「昨日、楽しかったのはもちろんそうなんだけどさ、ワインバーを出て、タクシーに乗ったまでは覚えてるんだけど、家に戻ってきたあたりから記憶が曖昧でさ」  予定通りのもしもシリーズに、思わず心の中でガッツポーズをした。
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