ガーベラ

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「でも、別に用事があるわけじゃないし」 「そんなの言わなきゃ分かんないから。どんだけ正直なのよ!」 「正直なだけが取り柄ですから」 「誉めてない!」  間髪を入れずに結衣子が声を上げるものだから、思わずスマホから耳を離した。 「もう、そんなに大きい声出さないでよ。でも、どうやって断ればいいの?」 「え、それ聞く!? 聞くの!?」 「いえ、聞きません……」  結衣子の短いため息がこもって聞こえる。 「ちょっと予定があるとかなんとかって言えばいいのよ。だけど、もしもその予定についていちいち詳しく聞いてくるようなら、なんていうか、私なら無理かも」 「え、なんで?」 「なんでって、大人じゃないって言うか、付き合ったら束縛されそうで疲れそうじゃん」 「なるほど」 「なるほどじゃないよ。とにかく、私が言いたいのは恋は駆け引きが大事だってこと! いつも二つ返事ではいはいって言ってたら、ただの都合のいい女止まりだからね!」  新たなもしもシリーズ発令に、少しばかり胸が高鳴ったことは、ここでは言わないでおいた。たぶん、結衣子の言う都合のいい女は文字通りの意味で、相手にとって都合がいい、それだけのことだろう。関係性も何もない、繋がらない、点と点だ。  仕事を終えて店を出た。  駅に向かいながら、一応は翔太くんへの言い訳を考えてみる。正直なだけが取り柄だと言ったのは、嘘でも冗談でもなく、真面目に答えたつもりだった。  電車に揺られながら、スマホとにらめっこをする。そして、悩みに悩んだ結果、今日は予定があるからと、簡潔なメッセージを送った。 「そっか。残念。美味しいパスタ屋さん教えてもらったから、また今度一緒に行こう」  翔太くんの返事を見て、後悔をした。  嘘に対してが二割、パスタに対してが八割。瞬間的にそう思ってしまったのは、私が悪いのではなくて、今の時間が悪い。この時間の食べ物の話は、脳みそではなく胃袋が反応してしまうからだ。 「ごめんね。私パスタ大好きだよ、また誘ってね」  そう返事をしてから、もしもシリーズの成功に気が付いた。翔太くんは詮索など一切してこないだけではなく、私のために美味しいお店まで調べてくれていたのだ。顔が勝手に緩んでしまう。私の前に座っている女性の冷ややかな視線に気付かないふりをしてから、口元を手で隠した。  それからすぐさま結衣子にメッセージを送る。 「もしもシリーズ成功しました!」 「お疲れ、もしもシリーズって何?」  はっとなり、急いできちんと説明をした。 「翔太くんの誘いちゃんと断ったよ。結衣子が言ってたみたいなことは何も聞いてこなかったよ。それより、私のために美味しいパスタ屋さんをわざわざ教えてもらったみたいで、少し胸が痛いです」  そう送ってから思わず胸を押さえた。  本当に痛んだのではなくて、罪悪感からのそれだと結衣子に説明したら、間髪を入れずに「分かってるよ」とでも言われそうだ。  想像してまた、前に座っている女性の冷ややかな視線に気付いて口元を隠した。 「また行こう、とかは言われなかったの?」  この返事に温度差を感じるのは私だけだろうかと、思わず確認したくなる。とりあえず、「うん」とだけ返した。 「なんか、翔太よく分かんない」  結衣子の言うよくわからないが、分からなくて首を傾げる。  スマホを片手に握ったまま電車を降り、改札を抜けてから結衣子に電話をかけた。 「ねぇ結衣ちゃん。よく分かんないが、よく分かんないんだけど……」  電話が繋がるなり遠慮がちに聞いた。 「急に話しださないでよ。だから、私が分かんないって言ったのは、その、翔太の気持ちって言うか、この先りおとどうなりたいのかが見えなさすぎてよく分かんないってこと」 「この先……」  独り言のように呟いた。 「翔太はりおと会いたいと思うくせにさ、付き合おうってならないのはなんでだろうと思って。結局さ、友達止まりでいいってことなのかもしれないね」 「友達以上には見えない、か……」 「あんまり期待しすぎない方がいいのかもしれないよ。あのだって、ただの寝言かもしれないしさ」  返す言葉がなかった。 「まぁ、何て言うか、この数週間は気のせいだったってことで!」  終わりと言わんばかりの言い方だ。それも、ものすごく明るい口調でのそれだ。 「え、気のせいだったの?」  苦笑いが自然とこぼれた。 「そう! 気のせい。翔太はただの友達で、りおが好きかもって思ってたのは、気のせいだったんだよ。だから、」 「ちょっと待ってよ!」  好き放題言われ、少しばかり苛立った。  電話越しに、結衣子が息を呑むのが分かった。 「気のせいばっかり言わないでよ! 翔太くんのこと、本当にいいなって思ったんだもん。でも、確かに、自分の気持ちが分かんなくなってきたのは事実だけど。それでも、嘘じゃないもん……」  次第に声が小さくなる。 「別に嘘とは言ってないからね。気のせい、だったのかもしれないって言ったの!」  やたらと気のせいを強調して言っている。
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