カスミソウ

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カスミソウ

 私の思うカスミソウのイメージ、八方美人。  もしかすると、世間や伊勢崎さんとは意見が違うかもしれないけれど、私にはそう映って見える。  伊勢崎さんに言わせれば、主役にはなかなかなれないけれど、脇役としてはずば抜けてすごいものがあり、を一瞬で補ってくれる存在だと、そんなふうに言いそうだ。  けれど本当はそのことに気が付いていて、誰からも悪く思われないように周りとうまく付き合っているのなら、ものすごく要領が良くて、誰にでも愛想が良いのだろう。  器用に見えてある意味では不器用なのかもしれない。だから、主役にはなれない。もちろん、カスミソウ自体にそんな意識がないことは分かっている。名脇役も八方美人も、人間側が勝手に作り出したイメージだ。 「で、どうするの?」  こちらを振り向くことなくそう聞かれた。  今は結衣子の部屋で、彼女は台所に向かっている。  ちなみに今日の晩ご飯は煮込みハンバーグだ。これが、ものすごく美味しい。  煮込まれたソースの匂いを思い切り吸い込んでから、彼女の言ったどうするを考える。  それらしく低くうなってみせるけれど、特別反応はない。 「えっと──」  結衣子の背中をちらりと見る。 「何て言うか、結衣ちゃんの言う通りだったのかなぁて、思って……」 「どういうこと?」  その声が怒っているように聞こえ、ぴくりと反応した。 「しょ、翔太くんのことは、その、気のせいって言うか、勢いもあったのかなぁて……」  結衣子が小さく相づちを打った。 「でも、全部が気のせいってわけじゃないよ。一瞬でも好きって思ったのは事実だから、だけど──」  結衣子の顔色を伺いながら続ける。 「嫌いになったわけじゃないから……」  湯気を立てた煮込みハンバーグが目の前に置かれた。  美味しそう以外に言葉がない。 「とりあえずご飯食べよ」  思わず笑顔になる。  すると、と言わんばかりに両方の眉を上げた。  勢いよく「いただきます」を言い、結衣子より先に煮込みハンバーグを口に運ぶ。 「美味しいっ! 結衣ちゃん天才!」  大げさでもなくそう言うと、まんざらでもない顔をした。 「和仁様も結衣ちゃんの煮込みハンバーグ大好きだもんねぇ」  私が言うと、幸せそうににっこりと笑った。そして、煮込みハンバーグを一口食べるなり、さらに幸せそうに目を細めた。 「我ながら天才だと思う」  得意な顔で言っている。 「とりあえずさ、翔太の話はこれで一旦終わり。またなんか気持ちが変わったとかなったらさ、その時に考えよ」 「うん、結衣ちゃんありがとね。それと、これからもよろしくお願いします」  言いながら頭を下げると、「はいはい」と適当にあしらわれた。負けじとごまをするような言い方で詰め寄る。 「もう分かったから!」  呆れたように笑うけれど、彼女の頬が少しでも緩んだことにほっとした。 「和仁様は今日もお仕事?」 「うん、どっかそのへん飛んでんじゃない」  人差し指を空に向け、くるくると回した。 「て言うかりお和仁のこと好きすぎだから。やめてくれないその顔、丸っきり恋する乙女じゃん!」 「安心して下さい。取ったりしませんから」 「全く心配してないけどね」  すぐさま結衣子が言った。 「ちょっとくらいやきもち妬いてくれてもいいじゃん」 「なんでりおにやきもち妬くのよ!」  そう言うと、「あっ!」と声を上げた。 「そう言えばさ、この前青野くんの話したの覚えてる?」 「え、うん」  何を言い出すのだろうかと思わず身構えた。 「和仁がさ、今度久しぶりに青野くんと会うって言っててね、いいなぁ、とか言ってたら、一緒に行くかって誘われてね──」  そこまで話すと次第に悪い顔になっていく。結衣子の言おうとしていることが、 なんとなく分かってしまった。 「だめもとで、りおも誘ってみる? って聞いたら、ちょっと驚いてたけど、さすが和仁、話が分かるよねぇ」 「え、何も分からないんですけど……」 「ってことだから、来週の日曜の夜、空けといてね」  最後は可愛く首を傾げた。  苦笑いを返すと、にっこりとした表情を張り付けたまま、「空けといてね」、重ねてそう言った。目は、笑っていない。 「でも、青野くんは私になんて会いたくないんじゃない?」 「さぁ、どうだろうね」  目も合わせずに言った。 「さぁって。私はいいからさ、三人で楽しんできてよ」 「だめ、りおも行くって言ったから」  反射的に目を見開いた。  ──このドエスの変態め!  言葉にしない代わりに、両手で頬を挟み、表情だけで驚いてみせる。いや、驚いているのは事実だ。 「なんで勝手に決めちゃうのよ!」  ずいっと結衣子に近づいて言った。 「だって、りおに聞いたところで絶対に行かないって言うと思ったし、それに……」  自然なのかわざとなのか、そこで言葉に詰まっている。目だけをきょろきょろとさせるから、余計にどちらだか分からなくなる。 「青野くんは大人だからね」 「え? 意味分かんないんだけど」 「確かにりおの言いたいことも分かるけどさ、それもこれもりおのわがままでそうなったわけじゃん」  わざわざを強調して言ってくれる。 「青野くんはさ、りおが別れを切り出した時、自分の気持ちよりもりおの気持ちを優先して、りおがそうしたいんだったらって言ってくれるような大人な男だよ? それに、青野くんと和仁って友達じゃん、偶然どこかで会うっていう可能性がなきにしもあらずなわけだしさ、その偶然よりも先に必然的に会ってた方がりおだって気まずくなることもないかなって」
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