ガーベラ

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ガーベラ

 自分を特別変わっていると思ったことはない。周りに変わっていると言われたこともない。強いて言うなら、少しだけ、ほんの少しだけ、対男性に関して体と心が敏感で、周りの女友達よりも一目惚れをしやすいと言えばそうなのかもしれない。とは言え、物心がついた時からそうだったのだから、今さらと言えば今さらだ。  初恋は幼稚園の頃、同じアヒル組のたつや君だった。きっかけは、よく手をつないでくれたからだ。小学校に上がるとすぐ、クラスで一番足の早かったまさき君に恋をした。中学校ではたまたま隣の席になったひろと君、高校では、確か生徒会長をしていた背の高い男子で、誰だったのかもはや名前すら思い出せない。なぜなら、それまでにも一瞬の片想いがありすぎたからだ。  良く言えば自分に正直で、悪く言えばただの…… 「単純」  カフェのカウンター席から窓の外を眺めながら、ホットコーヒーを片手に吐き捨てるように結衣子(ゆいこ)が言った。 「そんなんじゃないもん! て言うか、久しぶりに会えたのにそんな顔しなくてもいいんじゃない」  唇を尖らせて見せるけれど、私をちらりと見るその顔には表情すらない。 「どうせいつものでしょ」  ぼやくように言ってから、紙のカップを再び口に運んだ。  ことの始まりは今年の始め、中学校の同窓会で同じクラスだった翔太くんと再会し、大人になった彼の素敵な笑顔を見るなり、私の胸は苦しいほどに締めつけられた。  苦しくて、苦しくて、と胸を押さえながらその時の感情を再現して見せるけれど、そんな私には見向きもせず、大きなため息で返された。 「りおの気持ちは分からなくもないけどさ」 「でしょ!?」  首を傾げて結衣子の顔をまじまじと見つめる。 「話を最後まで聞け」  低い声で言われてそろそろと体を戻す。 「それってさ、吊り橋効果と同じようなもんでしょ? 一時の感情に左右されすぎ。って、何回目よこの会話!」  言い終わるなり鼻から息を吐いた。 「だって……」  ぼそぼそと言い返す。  彼女はホットコーヒーを一口飲むなり足を組み直した。 「一応聞くけどさ、その幼馴染みとはどういう感じなの?」 「今のところは連絡取り合ってるくらいかな」 「え、それだけ? 食事とかデートとか、何もないの?」 「まだ、ないです」  そう答えると、今日一番大きなため息が聞こえた。 「まだじゃないから。それ、絶対に次がないパターンだから」 「そうなのかな……」 「そうなの!」  ぴしゃりと言われ、小さく肩が上下する。 「まったく……」  苛立たしげに呟く結衣子に、すみませんと言いながら頭を下げる。 「でもね──」  言いかけた私の言葉を遮って、「でもじゃないから!」、相変わらず迫力のある声でそう言った。 「結衣ちゃん顔が怖いんですけど」  苦笑混じりにそう言うと、「誰のせいだろうねぇ」、わざと語尾をゆっくりと伸ばした。  一見笑顔に見えるけれど、目は全く笑っていない。 「……で、でも、翔太くん格好良いし優しいし、それに笑顔が素敵なんだよ!」  怒られる前に一気に言葉を並べた。 「はいはい、分かったから。とりあえず誘われるまで待ってみたら? これだけ時間が経ってたら、ほとんど可能性は低いと思うけどね」 「え、りおのこと応援してくれるの?」  両手を頬に寄せ、思い切り可愛い子ぶった言い方をしてみせる。 「……考えとく」  そんなふうに言いながらも、いつも私の話を聞いてくれる結衣子とは、大学からの付き合いでかれこれ八年になる。  彼女は背が低いわりに頑張り屋さんで、背が低いわりに頭が良くて、背が低いわりにドエスで、背が低いわりに頼りになる存在だ。  自分の身長を多少なりともコンプレックスに思っているらしく、いつもはそのことには触れないでいる。ただ、身長が低いがために、服を着ているのか服に着られているのか分からない時がある。そんな時は、目だけでそうだと言ってから、口元が緩むのを必死に堪えるしかない。  会話がなんとなく途切れた瞬間、かばんの中のスマホが振動しながら低い音を鳴らした。画面を見ると、メッセージが一件届いている。それを開いて見ると、今まさに話題に上がっていた翔太くんからだった。  メッセージ画面を結衣子に向ける。  彼女の眉が、ぴくりと上がった。 「お疲れ。急なんだけど、もし良かったらこれからご飯でもどうかな。えっ、翔太くん? マジで?」 「マジです!」 「良かったじゃん! もちろん行くでしょ?」 「え、結衣子いいの?」 「もちろん。せっかくなんだから行っておいで。て言うか、もうすでに行きたいって顔に書いてあるから」 「そんなことはないこともないけど……」  顔を隠しながらとぼけたふりを装う。 「それよりさ、誘ってくるの遅すぎじゃない?」  結衣子が眉を寄せて言った。 「え?でもまだ夕方だよ」 「そういう意味じゃなくて!」  私の語尾と重なる勢いでそう言った。  、を説明する気もないのか、すっと息を吸い込むと通りに目を向けた。 「でもまぁ、連絡があって良かったね」 「うん、結衣子ありがとね。でも、いざとなると緊張する」 「普段通りで大丈夫だって。とりあえず、早く返事してあげたら?」  言われて急いで翔太くんに返事をする。すると、すぐに彼から返事が返ってきた。 「翔太くんこっちまで来てくれるって!」  結衣子にそう言うと、彼女は黙って頷いた。
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