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15年目の春
眩しい気がした。白くぼやけたものが天井だと分かるのに、幾ばくかの時間を費やした。乾燥した空気が瞳の潤いを奪っていく。瞬きすら上手くできずにもどかしく思ったけれど、それと同時に身体がなんの反応もしないことに気がつく。
なんだろうこれは。今までの人生で味わったことの無い恐怖。声も出ない。
どこからか誰かの笑い声が響く。耳は聞こえているけれど、その声の方を振り返ることも出来ない。
「えーっと…」
カーテンがふわりと揺れて、女性が入ってくる。引っ詰めた髪。真っ白な服。被っている帽子には見覚えがあった。
「変わりはない…かなって、うそ!!えっ!!」
私の顔を見るなり、ガバッと上半身を寄せて目の前で大きく手を振る。
「嘘でしょ、ねぇ、見える!?分かる!?」
手の動きを目だけで追うと、その女性は何かをカチカチと連打した。
『どうしましたぁー?』
間延びした声が天から降ってくる。
「起きたの!!金沢さんが!!ドクターを呼んで!」
カナザワサン、とは…ああ、私のことだ。私、ここで何をしてるんだっけ。
やがてバタバタと音がして、大柄な男性が滑り込むように入ってきた。白衣を着ているところを見ると、医師で間違いないだろう。少し呼吸を整えてから、私の顔を覗き込む。
「まだ起きれないだろうから、そのままでいいよ。金沢さん、気分はどうかな?」
「…あ…わ…」
「ああ、いいよ、ゆっくり。落ち着いて」
ほんの少し、声の出し方を思い出す。
「あの…わ…たし…ここは…どこ」
「ここ?ここは病院。三島総合病院、だよ」
男性医師は優しく微笑みながら、そう答える。告げられたのは地元の病院だ。よく知っている場所。
「どう、して…、ここ…に」
「金沢さんはね、事故にあったんだ。夜道を歩いてる時に車に跳ねられて。そんなに外傷は酷くなかったんだけれど、意識が戻らなくて…一週間も寝ていたんだ」
なんとなく、なんとなく思い出してきた。でも夜道を歩いてどこに向かおうとしていたんだっけ。
「自分の名前は言えるかな?」
「…金沢未華子です…」
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