黄昏の国の優しい王子

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 あんなに積み上がっていた心の塔も二人で磨き続けたお陰で足首よりも低い高さとなっていた。  残り二つ──  残り二つ心を磨けば黄昏の国に落ちてきた全ての心を持ち主に返したことになる。  もうこの頃には二人とも真っ黒に汚れてしまっていた。成長と共に合う靴はなくなり足元は裸足の状態だ。 「やっと最後の心を磨き終わったね」 「はい、ガブリエル」 「それじゃあ、最後に君を磨こう」 「でも……」 「君と過ごした時間は決して忘れない。君は誰かの心なんだ。持ち主が困っているかもしれないよ?」  そう言ってガブリエルが女の子に手を伸ばした時だった。  ずっと飴色だった空が青色に変わっていったのだ。何が起こったのかと二人は同時に空を見上げた。 「空が、青くなっていく──」  黒い雲が消え、何処からともなく白い雲が生まれると黄昏の国の枯れた大地に雨が降り注いできたのだ。 「あ、雨だ! 雨ですよ! ガブリエル!」 「ああ──何年振りの雨だろう」  空を見上げ雨に打たれる二人の体からどんどん黒い汚れが落ちていく。全ての汚れが落ちきると雨はスッと止み紺碧の天井が出来上がった。そして二人は顔を見合せた。 「君が可愛いってことを忘れていたよ」 「ガブリエル、貴方もね」 「見てごらん──」 「あ……」  紺碧の空には虹が出来ている。  だが、不思議なことに体の汚れが落ち磨かれた状態になったにも関わらず二人の体は消えることなく大地の上に立っていた。 「──持ち主が亡くなったのかもしれない」  ガブリエルはそう呟いた。 「そっか……心を失くしたままで天国に行けたかな?」 「それは、わからない。でも……これで良かったのかもしれない。だって僕は今、君を手離したくないと思っているんだ。消えてしまったらもう君には会えない。君と出会ってしまって、ますますひとりぼっちになるのが怖くなってしまった」 「ガブリエル──私も同じ気持ちだよ」  二人は自然と手を繋ぎ合っていた。 「……これから君はどうしたい?」 「二人で一緒にこの国を再建しませんか?」 「ああ、僕も丁度そう思っていたところだ」  ─────  ───  ─  あれからすぐに黄昏の国から飴色の空が消えたという噂が広まった。  そして好き勝手に罵り出て行ってしまった国民も心を取り戻し国に戻ってきた。国民たちは涙を流しガブリエルと亡き王様そして王妃様に謝罪をしたという。  ちょうどその頃「優しい心と思いやりの心を持たぬ悪い魔女が死んだ」という知らせがガブリエルの耳に届いた。  黄昏の国に呪いをかけた名もなき魔女は他所の国に逃げ込み、そこでも私利私欲のために魔法で悪事を働き死刑を言い渡され亡くなったという知らせだった。  これでもう二度と誰かの心が落ちてくる事はない。 「君は思いやりの心だったんだね──」  こうして、優しい心のガブリエルと思いやりの心の女の子は結婚し黄昏の国で幸せに暮らしたのでした。 Fin
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