黄昏の国の優しい王子

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「あの! ガブリエル! えっと……磨くのはまだ待って。あのね、もし良かったら私に貴方の王冠を磨かせてくれませんか?」 「え? 僕の王冠をかい?」 「はい!」  ガブリエルは女の子のその言葉にきょとんとしてしまった。 「ガブリエルが一生懸命、誰かの心を磨いている姿を見ていたら私も磨きたくなったんです」  返事は聞かず女の子はガブリエルの頭に乗った王冠を取り着ていたシャツの袖で灰色にくすんだ王冠を磨きはじめた。 「君のシャツが汚れてしまう!」 「気にしないでください。ガブリエルはこんなシャツの袖なんかよりもっともっと汚れています。でも、それは誰かのために頑張ったから汚れてしまったんですよね?」 「え……あ、ああ──」  ガブリエルは女の子に言われ初めて自分が真っ黒に汚れている事に気がついた。誰かの心を磨くのに夢中で自分が汚れてしまっていることに気づかなかったのだ。 「ほら、こんなに綺麗になりました」  灰色にくすんだ王冠はかつての黄金色を取り戻した。 「お似合いです」  この王冠はかつてガブリエルの父親が被っていた王冠だった。 「ありがとう──父上の王冠はこんなにも輝いていたんだね。忘れてしまっていたよ。それじゃあ、今度は僕の番だ。君を磨かなくちゃね」 「でも、私を磨いてしまったらガブリエルはまたひとりぼっちになってしまう」 「心を失くしたまま生きる方がよっぽど苦しいはずだ。あれを見て」  ガブリエルは窓の外にある塔を指差した。 「あれは僕が拾い集めた心。心は毎日落ちてくるんだ。困っている人はあの塔の高さだけいる──誰かが困っているなら、君が困っているなら磨いて帰してあげたい」  そう言葉を紡ぐガブリエルの笑顔の中には少し寂しげな表情が混ざっている。本当はガブリエル本人も誰かの心に帰りたいはずなのだ。だが優しいガブリエルは落ちてくる心を放ってはおけない性分だった。  すると女の子がガブリエルに提案を出してきた。 「私も一緒にその心を磨くというのはどうでしょう?」 「今、塔を見せたよね!?」 「お手伝いさせてください! ガブリエルの力になりたいんです」 「君は、優しいんだね──」 「優しいのはガブリエルの方ですよ。見ず知らずの私を疑うことなく助けてくれた。ひとりぼっちから救ってくれたのはガブリエルです。二人で一緒に協力して心を帰してあげましょう」  すると、ガブリエルの琥珀色の瞳から涙が溢れ落ちはじめた。本当はひとりぼっちで寂しかったのだ。それを誰にも言えず過ごしてきた。 「泣かないでください」  そう言いながら女の子はガブリエルの涙をシャツの袖で拭ってあげた。 「君のシャツがまた汚れてしまった」 「いいんです。ガブリエルの顔が少し綺麗になりました」  こうして女の子はガブリエルと一緒に落ちてくる心を磨くことした。  枯れた大地が元通りになる訳ではないが孤独から解放されたガブリエルは生きる希望を取り戻したようだ。いつの間にか以前よりも早く磨けるようになり笑顔も増えた。  何日、何週間、何ヵ月、何年──  ガブリエルと女の子は心を磨き続けた。
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