オレンジ・バトンを繋ぐ時

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 ナフトは、それ以上のことを語ってくれなかった。ひょっとしたら彼は、人間の子供達のために暴挙を行ったのかもしれない。出来の悪い弟をいつも庇うような優しい兄である。人間の世界には、家に帰りたくない、家にいることが幸せではない子供達など何人もいるだろう。彼はたまたま、それをどこかで見てしまって、情を抱いてしまったということなのだろうか。  自分は幸せな人間だ、という自負がディーデリヒにはある。だから、家に本気で帰りたくないなどと思ったことはない。家にいることが地獄であるような、そんな子供達の絶望が想像できるなどと言うつもりは微塵もなかった。ただ。  ひとつだけ、はっきりしていることがある。それは。 「……俺は、家に帰りたくないって本気で思う子の気持ちはわからないよ。だって、俺は幸せな子供だから。家があったかいし、愛されてる自覚があるから。……でもさ。夜が来なくても、時間は止まらないんだぜ?」  夜が来ようと来まいと、時計の針は止まらない。  彼らは夜が来るのを止めることはできても、時間を止めることはできないのだ。時間が来れば、帰りたくない子供だって家に帰る以外の選択肢がなくなる。夜が来ないことも闇が訪れないことも、結局気休めにしかならないのである。何より。 「夜を、待っている人もいる。星も月も、夜がないと見られないじゃんか。……そんでもって夜があるから朝が来て、みんな“おはよう”って、新しい日が迎えられるんじゃねーのかな。……それでもあんたは、自分は、夜は必要ないって思うのか?」 「……わかってる」  ナフトはそっとバトンを握りしめて、ぽろぽろと涙を零した。彼が何を抱え、何を本気で悲しんでいたのかまではわからない。でも、自分に話せなくてもいつか、自分の家族にはきちんと向き合って話して欲しいと思う。  夜の存在たる彼にだって、夜明けの瞬間は必要であるはずなのだから。 「ナフト、帰ろう」  そんな兄に、アベントがそっと手を差し伸べた。 「辛いことがあるなら、何でも言って。僕たち、きっとそのために“四人”でひとつの神様なんだから。それに……」  兄の手を取りながら、アベントは振り返る。初めて見るような、爽やかな笑顔で。 「失敗しても、トラブルになっても。人間の世界にも助けてくれる人がいるってわかったんだ。世界は美しいものもたくさんあるよ……ね?新しい友達」 「アベント……!」  その日。ディーデリヒには、新しい神様の友達が二人できた。  彼らは以降、兄弟喧嘩をするたびに、ディーデリヒを頼って降りてくるようになるのである。――ディーデリヒが大人になり、可愛い孫娘ができる時まで、ずっと。
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