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 最後に見たのは、めったに見ることのない西嶋の焦った顔だった。 「和泉様っ」  緊迫した声に和泉は振り返る。  めったに見ることはないけれど見たことがないわけではないその顔を見たのは、いつのことだろうと和泉は思っている。西嶋が何かを言っているけれど何故だか声が耳に届かない。ただぱくぱくと口を動かしているだけだ。それはなんとも間抜けな気がして、その切迫した顔とはまるであっていないのだけれど、和泉は少し笑ってしまった。  すぐ近くから車のエンジン音と、アスファルトを擦る鋭い音が聞こえる。目をやった時にはすぐ近くまでトラックが迫っていた。このままでは轢かれてしまうのではないか。  すぐに強い衝撃が体を襲い、やがて和泉の視界は暗転した。  目を覚ました和泉が最初に見たのは、不安そうにこちらを覗き込む顔だった。目が合うと一瞬驚いたように目を見開き、そして心底安堵したように息を吐いた。 「大丈夫ですか」  まだはっきりとはしない頭で辺りを見回すと、どうやら病室のようだった。判然とはしないがアルコールか何かが混ざり合った病院らしい匂いがしている。窓からは爽やかな風が入りカーテンを揺らしていた。その隙間から青空がみえている。 「昨日の夕方にこちらに運ばれてから、ずっと眠っていらっしゃいました」  起き上がろうとすると背中を支えられた。個室のようで和泉の他に患者はいない。横に造り付けの棚と小さめの冷蔵庫、正面には大きなテレビが置いてあるだけで広々としている。廊下から時々声が聞こえてきたがそれも遠く、とても静かな部屋だった。 「奥様も先ほど来られて、今は先生とお話しされています。ずいぶんと心配されておりましたから、呼んでまいりますね」  立ち上がり出て行こうとするのを呼び止める。病室の清潔な白とは対称的な、全身が真っ黒な出立ちの中で白い手袋がやけに目についた。振り返った顔は端正で、先ほどの不安そうな表情から打って変わり今は穏やかに、わずかに口元に甘さを含んで和泉を見ている。その視線を受け止めながら、和泉は言った。 「あなたは、誰ですか?」  和泉には、その人物に全く見覚えがなかった。
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