荒野亜由美の追憶

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「どうしたのこれ」  自室で雑誌を読んでいた佐和がノックの音に返事をすると、当家の執事が顔を出した。持っていたのはマグカップが二つと、ゼリーとプリンを一つずつ。 「出先で寄ったお店で買って参りました」 「八千代さんの用事だったっけ」 「ええ、当の本人にはお会いできませんでしたが」 「何それ」  訳を聞けば何でもない、彼女が仕組んだお見合いだったようだ。なるほどやり方が八千代さんらしいと佐和は納得した。 「で、どうだったの?」 「素敵な女性でした」 「それだけ?」 「ええ」  分かっていて惚けているなと呆れる佐和に構わず、涼しい顔でカフェオレの入ったカップとゼリーをテーブルに置いている。一見、丁寧な物腰に騙されがちだがこの男、中々の食わせ者だと佐和は思っている。見も知らぬお見合い相手の女性に佐和は同情した。 「そういえばさっき部屋を覗いたら本読んでたよ。取り上げておいたけど」 「ありがとうございます」 「熱っぽい顔してるくせに困ったものだよね」 「全くです」  今日も一つの隙もない執事を見ながら、この男にこんな顔をさせるのは弟ぐらいのものだろうと思う。どうせこのゼリーだって、病床の和泉のために買ってきたついでだろう。失礼いたしますと去っていく執事の手に残ったのはホットミルクとプリンだった。 「美味しいからいいけどね」  たっぷりの白桃が浮かんだゼリーはつるりと濡れてなんとも瑞々しい。華奢な銀のスプーンですくうとふるりと弾力があった。  でもやっぱりちょっと癪なんだよなぁと初恋の人がいれたカフェオレを飲みながら、恋人に会いたくなった佐和はスマートフォンを手に取った。
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