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黄昏に舞うあなたを想う
灰色の筒が、蒼穹に突き刺さっている。視線を下げるに従い、蒼は淡い紫を経て、山向こうの紅へとグラデーションを描いていく。
その先端から蒼に拡がり溶けてゆくあなたを、私は見つめることしかできない。
鋼のようにきんと滑らかな蒼と混じり合って薄れていくあなたを、私はもう目で追うこともできない。
アキアカネが稲穂の上でホバリングしたと思ったら、気の早いコウモリが滑空してくるのに気付いたのか、流れるように旋回して避けながら飛び去って行った。
日に日に頭を垂れる金色の波がさざめくのを眺めて、あなたは感慨に耽っているようだった。
「ねぇ、舞子」
そっと差し出された手を取り、私は「なぁに」とあなたを見上げた。
少し顎を上げなければ見えないあなたの目を見る。生まれたての赤子が持っているような少し色素の薄いふわふわの柔らかな髪。その襟足に反対の手をあてて、あなたは眦の垂れた優しい笑顔を向けてくれる。
「今年は長雨だったから、坪枯れが酷くて残念だね」
ああ、と私はちらりと田んぼを見遣った。
二、三十メートルほど畦道から離れた箇所が、茶色くひしゃげている。夏に飛来したウンカの仕業なのだろう。
「お気の毒だね……」
農家でない私たちにとっては他人事だけど、毎日口にするお米が供給されなくなることがもしもあるならばと、ゾッとする。勿論、当事者にとっては、それ以前に生活がかかっているのだからもっとゾッとすることだろう。
かといって、農薬まみれの米も嫌だ。自然との戦いって難しい。
「対症療法みたいに、周りに広がらないようにしながら、稲刈りまでなんとか持ち堪えるしかないんだってね」
同情あふれる声に視線を戻すと、あなたの顔はどことなく苦しそうに見えた。
煙突から染みだすように逃げ出したあなたを見送って家路に就く。
今日最後のバスから降りて、ハンドバッグ一つを抱えて、あなたとの思い出を拾いながら歩いていく。
あなたは遠くに住んでいたから、ここいらにはあまり思い出が落ちていない。あなたのことを威嚇しては笑わせてくれていたザリガニは、今はもう用水路にはいない。
あなたの心配していた稲穂も、無事に刈り取りが終わった。あの倒れた部分があるからか、いつもと違うルートを取りながら田んぼを行ったり来たり回ったりするコンバインを見た。
翌朝には早速集まってきた烏や鳩たちが、朝ご飯に夢中で歩き回っていた。
あなたと見ることが叶わなかった風景を電話で報告して。
あなたはくすくす笑いながら聴いてくれて。
もうすぐ休みが取れるから、その前日の晩御飯を一緒に食べて、飲みながら話を聞いて欲しいって言っていて。
それなのに、数日後に友人から掛かってきた電話で、私はあなたがこの世界から失われたことを知った。
ねぇ、あなたが私に伝えたかったことは何?
電話では言えなくて、でも伝える前に、会う前に逃げ出さなくちゃいけなくなったことはなんだったの?
知りたくて、知りたくて。でも誰にも訊けなくて。
あなたの一番は私じゃないと突き付けられたのが哀しくて悔しくて。あなたがいないという事実よりも、私がいなくてもいいんだと知らしめられたことが哀しい。
だから、私はあなたを悼まない。
勝手に置いていったんだから、追いかけたりしない。
あなたは先刻空気の中に散ってしまったから、私の中にもあなたはいるんだよね。
思い出がなければ、私はあなたの欠片を集めよう。
風の中にあなたが溶けているなら、沢山風を浴びて取り込んで、そうしたらあなたの思いが感じられる日が来るかもしれない。
いつか、私もあなたと同じように空に溶けるから、その時は答え合わせをしてね。
今はまだ、あなたの欠片すら感じられないけれど。
了
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