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和真の唇の端に傷ができている。
事故の時の傷ではない。
和真の両手をつかんで目の前にかざした。
手のひらにも昨日までなかった裂傷がある。
和真は叱られた子供のような顔で上目遣いに
柊生を見返した。
「こ、転んで…」
「どこで? 」
「…家の前」
「…顔から転ぶって…どんな転びかた?」
「…これは、ハゲのおじさんが…」
「…は!?」
「…手、離して」
言われるまま離すと、和真はテーブルの上から
グシャグシャになった紙を持ってくる。
「振り込み用紙?」
「それ、払おうと思って… 朝なら大丈夫な気がして
コンビニ行こうとして…」
「うん」
「そしたら、なんか後ろからサラリーマンっぽい
おじさんがついてきて…しばらく歩いたら急に
腕 捕まれて…」
「お、ぉう…」
「君Ωなの?って言われて、ずっと空家になってる
家の庭に引きずり込まれて…」
柊生は血の気がひく思いだった。
絶句して先を聞くのが怖くなる。
「なんかもう ワケわかんなくなって
無我夢中で暴れて、石とか投げて
どうにか逃げ出して」
「逃げた?」
「うん もう何が何だかよく覚えてないけど…
走って逃げる俺に向かって、おじさん謝ってた…
だから、あーこれってフェロモン漏れてるんだって
そう思ったら、もう無理してでかけなくても
いいやって 」
「薬飲んでないの?今もぶっ飛んでたけど」
危機感の弱い和真に柊生は少しイラついて、聞き方が
キツくなってしまった。
和真は、飲んでるに決まってるでしょ、と苦笑する。
「飲んでなかったら、襲われたとき抵抗もしないで
ハゲのおじさんとガンガンやっちゃってたよ」
「…ごめん」
「昨日だって飲みすぎて気分悪くて ずっと二日酔い
みたいだったのに、結局飲んだほど効いても
いなかったし… 薬だって安くないんだから無駄に
飲みたくないんですよ」
そう言って背を向ける 和真の腕を柊生は咄嗟に
掴んで引き寄せた。
今離れたら、また心の距離も遠退く気がして。
和真は抵抗することもなく、すっぽり柊生の胸の中に
おさまった。
「嫌な言い方してごめん、無事でよかった」
抱きしめて頭をそっと撫でる。
ずっとこうしたかったんだ。
柊生は、大人しく腕の中におさまっている和真の
温もりを感じて、胸の奥から沸き上がってくる
満足感で満たされていった。
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