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父子
創業100年の昭和初期に建てられた蔵造りの酒屋福富酒店は、その厳かな景観で、港町の歴史をだんまりと語り継いでいた。
「波留、そろそろ、起きろ!春休みだからって何時まで寝てんだ。」
酒屋の一階から大きな声で、福富万次郎が二階の自室で寝ている息子を起こす。
「まだ、眠いよ~。」
波留は、父の声を遮るように、掛けていた布団を頭からすっぽりと被った。
「お前の好きなアニメ、始まったぞ!」
そう言うなり、万次郎はデカイ声でアニメの主題歌を歌いだした。
「お~、万ちゃん、今日も、元気だね~。」
近所のじいさんが朝の散歩がてら、酒屋を覗き込む。
「お!じいさん、おはようさん!朝から声出していかないと、元気がでねえ~や。わははははっ。」
万次郎の豪快な笑い声が蔵を通り抜け、建物全体に響き渡る。
「そう言えば、今日、ここ、目の前の空き家に春に新しく赴任する小学校の先生が引っ越して来るってな。」
「ほ~ぉ。そりゃあ、楽しみだな。女先生かい?美人かい?」
「万ちゃんも早まるね。残念!若い兄さん先生だとよ。ただな。」
「ただ?」
「女みたいに、綺麗ってことだよ。。。」
「女みたいに。。。?」
「万ちゃん、毎日の楽しみできたな!ほぉっほっほ」
店から聞こえてくる大人達の会話に、すぐさま、反応した波留は布団から飛び起きると、好奇心から早る気持ちを抑え、急な階段をゆっくり降りてきた。
波留は、生まれつき左足が悪く、幼い頃から、悪い方を庇うよう、慎重な動作が身についていた。
「おっ!お寝坊波留が、噂を聞いて起きてきたぞ!おはよう!」
「お~、波留、おはよう。よく、寝てたようだな。ほぉっほ、ほっほほ。」
じいさんが、寝癖頭の波留を見て、にこやかに笑う。
「おはようございます。ねぇ~新しい先生って?引っ越しって?」
「ああ、うちの前の空き家に、新しい先生が引っ越してくんだとよ。お前、先生が目の前に住んでたんじゃ気が休まらねぇ~な。俺もか。わははは。」
「本当に、本当に。ほっほっほっほ。」
新しい出会いは、春風に運ばれ、梅の薫りと共に、ここ港町に訪れ来る。
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