やさしい人たち

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やさしい人たち

僕はよく、落とし物を拾ってもらう。 人が常に往来する、都会のど真ん中。 そんな「忙しい」という言葉を具現化したような場所で、やさしい人が、しゃがんで、拾って、僕の元までわざわざ届けに来てくれる。 例えば手帳。ペンやハンカチ、パスケースもあった。 ほんの数秒で端を踏まれてシワシワになってしまったメモ。土が付いてしまったが、さらにたくさんの人に踏まれなくて良かった。まだ文字は読める。 紐がぷっつり切れてしまったお守り。大事だ。道の端で雨に濡れ続けるなどもってのほか。 あと鍵。これにはヒヤリとした。これがないと家に入れないじゃないか。 ヒヤリの代表格といえば財布。朝の通勤ラッシュの駅の中で、拾った財布を持って追いかけてくれたサラリーマンがいた。渡してすぐに慌ててどこかへ行ってしまったところを見ると、とても急いでいたのだろう。 見て見ぬふりもできるはずのことをできる、やさしい人は確かにいるのだ。 今日もまた、僕は落とし物を拾ってもらった。 今日もまた、それを交番へ届けた。 今日もまた、それを駅員に渡した。 今日もまた、僕の前を歩いていた人を追ってそれを返した。 今日もまた、拾ってもらったそれは僕の落とし物ではない。
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