Sigh……

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 ロックに出会ってからAは変わった。溜めに溜めていたエネルギーの鉾先が、一点に集中した感じだった。もっと突っ込んで言えば、たまたま俺が貸してやった一枚のアルバムの、ギター・プレイがこいつのアタマをかっ飛ばしたのだ。だからこいつはギター・サウンドが好きだ。リッチー・ブラックモアが好きだ。若い頃の過激なパフォーマンスはともかく、中心に一本、凛とした静の部分がある彼のサウンドは、Aの本質と似ている気がした。  ギターの音に惹かれたくせに、こいつが選んだのはヴォーカル・パートだった。好きな音に抱かれて歌うのが気持ちイイらしい。  それでも将来はギター作りの職人になりたいのだという。自分の作ったギターを使うスーパー・ギタリストを見るのが夢なのだそうだ。  まったく、見事に花開いたもんじゃないか ? いまでもAは短気だが、ワルをやってたころの刺々しさは、もうどこにもない。丸くなったとかいうんじゃなく、豊かに、ひたむきに、全身で夢の方向を見ているんだと思う。中坊の時から一緒にいて、こいつの経緯をずっと見て来た俺としては、余は満足じゃというか、置いてかれちゃマズいよな、というか……。  「なぁ、Y、明日もここ来るだろ。どうせライヴが終わるまでメシなんか喰えないんだからさ、おまえも付き合えよ」  「10時までメシ喰うなってか。俺の腹はエクスタシーじゃ膨れないんだぜ」  「お前でも音楽に感じんの ? 」  この野郎。無粋なやつだ。いっぺん暗がりで襲ってやろうか。いや、負けるのは俺の方だし。  「ビール追加して来るわ。おまえも呑むだろ」  「おぅ」  Aは立ち上がると、きれいな身のこなしでテーブルの間を縫って行った。そんな後ろ姿にも、つい見惚れてしまう。  ひとりになると、途端に店の喧騒に取り巻かれるかんじだ。今夜も満員、そしてキース・エマーソンのシンセがやけに耳につく。視線を戻すと、俺の前にポッカリと空いた空間は、いまのいままで在った温もりの人型をなんとなく残しているようで、俺はぼんやりとその辺りを眺めた。  
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