Sigh……

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 “Mr.Nice Guy”は今夜も満員だ。ひと目でロック系とわかる連中が、カウンターと言わずテーブルと言わず屯ろしている。それから金曜の今夜は、日中しっかり仕事をしている人たちも結構来ている。もちろん彼らだって心は現役のロッカーなのに違いない。たとえ髪をリクルート・カットにして白いワイシャツなんかを着てはいても、すこし前までは俺たちみたいに長髪をおっ立ててキメていたに違いないのだ。  なにしろこの店は、名にしおうロック・バー。T市のハードロック・カフェと言っても過言ではない。壁には誰それモデルのギターが飾られているし、20時から使用されるワイド・スクリーンには人気のライヴ・フィルムが流されるし、とにかくノン・ストップでハードロックだけがかかっているのだ。好きでなければいられる店ではない。  ドリンクだけならカウンター。夜更けてここに来てみると面白い。いかにもな野郎どもが(いかにもなオネーチャンもいる)カウンターに鈴なりになっているのだ。もちろん欧米風に、椅子など置いてないので、オール・スタンディングでぎゅう詰めになっている輩を見れば、一般客は尚更寄りつけないだろう。  さて、俺とAはビールとハンバーガーを持って、いつものようにテーブル席に着く。Aの奴がスシ詰め状態を嫌うのだ。だから、ここに来るときはいつでもメシ兼だ。Aは地元の国立大で電気工学を学ぶ二回生、俺は見事な二浪生。共にバイトに頼っている身だから、こうした定期的な外食は、ちと痛い。------まあいいか。  「Aよぉ、明日のイッパツ目、決めたのか」  「決めてない」  そうそう、言い忘れていたが、明晩はここでライヴがあるのだ。こいつのバンドも、もちろん出る。店のオーナーが、Aが出ると女性客が増えるというので特待扱いしているらしい……と言うとAの機嫌がまた悪くなるので、誰も口にしないが。
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