あひるのブルース

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 夜の街には様々な音楽が溢れる。  ジャズバーでは軽やかな音色が、西洋料理店では穏やかなクラシックが流れている。  そのように美しく彩るために音楽を使う店があれば、一方で自己ピーアールが激しいけばけばしいだけのテーマソングを垂れ流している店もある。  仕事帰りのとあるサラリーマンは、そんなうるさい音を耳に入れないように足を早めていた。早く静かな部屋で休みたい、その一心で。 「五月病かな。なんか疲れる」  そうぼやいたサラリーマンは、ふと足を止めて、ずり落ちかけてた分厚い黒ぶち眼鏡を片手で上げた。  若者が独り路上でギターを奏でていた。金髪に赤いティシャツという目立つなりのその者は、似つかわしくない哀しげなブルースを弾いている。その上、彼のスマホが母を求める赤子のようにビービー喚いていた。 「ちょっと、お兄さん。さっきからなにか鳴ってますが、電話じゃないんですか」 「あ。しまった、もうこんな時間。ありがとうございます」  指摘した耳障りな電子音を若者は止めると、ギターをしまって駆けだした。  どうやらあれはタイマー用の音だったようだ。  サラリーマンは若者が去った路上に独り取り残された気がして、ため息を吐いた。  できれば、電子音に邪魔されない彼のギターと歌を聞いてみたかったのだった。
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