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出会った当初は地味で無口な女の子だった。 黒髪をお下げに結い分厚い眼鏡は、子供ながら話しかけにくい雰囲気を出していた。
だから、いじめとまではいかないが距離を置かれたのは自然だったのかもしれない。
「一緒にご飯を食べようよ」
深い意味はなかった。 ただクラスで孤立しているのを見て、小さな親切心が疼いたくらいで出た言葉。 彼女はそれを受け入れることはなく、だからこそ意地になった自分は彼女をお昼に誘い続けた。
「どうして私に構うの? 私といると、貴女もクラスで孤立するよ」
「貴女じゃなくて、私の名前は明美。 やっとまともに口を利いてくれたね」
「質問の答えになっていないんだけど」
「私が勝手にここでご飯を食べる分には自由だよね」
「・・・」
そんな風に強引に距離を詰め、いつしか二人は最も長い時間を共にする関係になっていた。
色々な話をし、趣味や好みなど共有し、そして愛佳は高校に上がると同時に、私が憧れているといった赤抜けて交友の広いクラスでも人気の女子へと変貌する。
そんな彼女が誇らしくて、自分を最優先してくれることが嬉しかった。
それでも日々が続けばそれだけでは物足りなくなって、少し嫉妬させてみようとどうでもいい男の先輩にちょっかいをかけてみることにした。
―――全ては貴女のことが好きだったから。
結局、歯車が合わなかったのか、それとも最初からそうなる運命だったのか、私は死にこうしてもう一度愛佳の元へやってきた。 復讐なんてする気はなく、ただ愛しい愛佳を一緒に連れていくために。
「私もようやく思い出した。 あの時、屋上で本当は愛佳を殺して私も死のうと思っていたのに、私だけ死んじゃったんだ」
その言葉で崖へと向かう愛佳の足がピタリと止まった。
「えぇ。 私は明美に好かれるためにトレーニングをしていたから。 裏切ったと思っていた明美に、殺されるわけにはいかなかったの」
「私は裏切ってなんて・・・」
「知ってる。 菅原を殺した時にペラペラと喋るから分かった。 明美は口では大好きと言っていたけど、本当は何とも思っていなかったんだって。
あまりにも簡単に明美のことを切ったから、おかしいとは思っていたんだけど」
「誤解はとっくに解けていたのね」
「そう。 だからもう思い残すことはない。 一緒に逝きましょう?」
愛佳からしてみれば、それは当然受け入れられるだろうと思っていた。 だが明美は首を横に振っている。
「やっぱり愛佳には生きていてほしい。 誤解が解けたのなら、もう私も思い残すことはないから私の分まで生きてほしい」
「え、ちょ、何を言って」
「さようなら、愛佳。 ずっと大好きだったよ」
愛佳は確かに明美の冷たい腕を掴んでいた。 だがすっとその感触が消え、明美の姿が薄っすらと消えていっている。
「ちょっと、待って!」
必死に手を伸ばしてみたものの、もうその手は空を切るばかりで既に明美の姿は完全に消えてしまっていた。
今日この日をずっと待っていて、ようやく機会を得たはずだったのに、それはもう零れて消えてしまっていたのだ。
「嘘でしょ・・・。 どうして? こんな・・・」
もうすっかり暗くなった空を見上げてみると、明美が笑顔で手を振っている姿を幻視した。 “生きてほしい”と言っている気がした。 そのようなことは望んでなどいないというのに。
「あぁ、そうか」
一人になった愛佳は歩いていく。
―――今度は私から、強引に距離を詰めろっていうことなのね。
―――今行くから。
―――待っていてね、明美。
-END-
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