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殺した貴女ともう一度
崖下は落ちかけた陽を映すよう赤く揺らいでいた。
―――上手く落ちれば、痛みも感じずに終わることができるのかな。
波風と汐の音の心地を感じる余裕なんて毛頭ない。 ただひたすらに虚無感に身を任せ、その場から足を踏み出してしまいたかった。
「明美(アケミ)」
名前が聞こえたがそれは幻聴だろう。 辺りに誰もいないことは確認済み。 もし下手な邪魔でも入れば、それこそ気分を損ねてしまう。
―――あの子が亡くなってから今日で丁度一年。
―――この一年間、何をして過ごしたのか記憶にない。
―――・・・あの子がいない人生だなんて、つまらない。
一年前、親友を失った。 彼女は場所こそ違うが、今と同じような高さからの飛び降り自殺。 それからの日々は心に穴が開いた状態で過ごしていたため空虚だった。 スクールバッグから携帯を取り出した。
―――・・・17時43分。
―――あと15分で、あの子が飛び降りた時刻になる。
―――・・・どうしてだろう、あの時の記憶は鮮明に思い出せる。
―――私の目の前で命を絶った、あの瞬間の出来事を。
目から涙が零れ落ちた。 何度も後追いをしようとし、こんな風に崖までやってきている。 だがそんな勇気は持ち合わせていないため、その雰囲気を味わってみるだけで終わっていた。
―――私は今でも大切に想っているよ。
―――今、何を考えてどうしているの?
空を見上げ眺めていると、また名前が聞こえた。
「明美」
幻聴にしてはあまりにもハッキリとしているし、二度目ともなれば無視することはできない。
もう一度辺りを確認し、やはり誰もいないと思ったところで水平線に立つように佇む一人の少女をハッキリと見た。
「・・・え?」
当たり前だがそこに足場はない。 まるで浮かぶように姿を見せた少女は、確かに一年前に殺したはずの親友の姿だった。 飛び降り自殺をした、私が殺した少女。
「もう、気付くの遅いよ。 何度も呼んだんだよ?」
「どうして・・・」
「へへ。 来ちゃった」
彼女はもういないということを頭では分かっている。 だから幻覚か幽霊なのだろう。 逢魔が時には時折不思議なことが起きると聞いたことがある。
それでも宙に浮いている姿を見て、まさか生き返ったとは考えない。 だが自身も何故か浮遊感を憶え、足を踏み出しても大丈夫な気がした。 いや、本当は分かっている。
生身の自分がそれをすれば、確実に死ぬということを。
「どうして、戻ってきたの?」
「明美を迎えにきたんだよ」
「ッ・・・」
親友は優しい笑顔を浮かべているつもりなのだろう。 だがそれがやたらと怖かった。 脳内に過去の出来事が蘇り、背筋がぞわりと震えた。
「ほら明美。 私と一緒に行こう?」
「・・・い、嫌」
口から出たのは否定的な言葉だった。 何度も後を追おうと考えたこともあるのに、いざその親友が来てみれば一緒に逝く気にはならない。 それに彼女は驚いた顔をする。
すんなりと肯定されると思っていたのだろうか。 いや、どうやらそうではないらしい。
―――ま、まさか、私が殺したということを知って・・・ッ!?
―――だから迎えにきたんだ。
―――だから殺しにきたんだ。
―――・・・私を地獄へ、落とすために。
「どうして嫌だなんて言うの?」
親友は悲しそうにしながら徐々に近付いてきた。 本当はすぐにでも逃げなくてはならないが、足が石になったように動かない。 尻もちを付いてもお構いなしに近付いてくる。
「・・・ねぇ、明美」
「さ、触らないで!」
腕を掴もうとした彼女の手を振り払った。 彼女の手はまるで氷のように冷たかった。 その事実に彼女は生きていないのだと実感させられる。
「明美、どうしたの? 私と一緒に来てくれないの?」
「・・・」
確かに彼女のもとへ行きたいと何度も願っていた。 だけど彼女に“お前を殺したのは自分だ”と知られては話が別だ。 これからどんな仕打ちを受けるのか想像もしたくない。
だから断ることしかできなかった。
「明美。 一人だと寂しいでしょ? だから私と一緒にいようよ」
「私はッ・・・」
「一年前のこと。 思い出せる?」
「ッ・・・!」
感情を消し真っすぐ自分に向かう彼女に、冷や汗を流さずにはいられなかった。
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