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「・・・明美? 思い出した?」
「ッ・・・」
その言葉によって現実に引き戻された。 愛佳は不気味に笑っている。
―――思い出した。
―――私が私の心にフィルターをかけていた本当の記憶。
―――鮮明に思い出せるのは、愛佳が命を絶った時だけじゃない。
―――私を裏切った貴女を確かに殺してあげたんだ。
「明美が私を殺したんでしょ?」
冷たい瞳で自分を見つめる彼女を見て、可笑しくて仕方がなくなり失笑が漏れる。
「くくッ・・・。 くふふ」
「何を笑っているの?」
「明美ってさ・・・。 私のことじゃなくて、貴女のことなんだけど?」
「え? 何を言って」
自分を愛佳であると思い込んでいるこの幽霊は、思考し意思を交わすことができるようだった。
「貴女は明美なの。 私を羨み、私だけを追い求めて、それだけでよかったのに、菅原とかいうつまらない男に引っかかるからこんなことになるの」
「それは・・・」
「菅原と貴女を拉致した不良は全員殺したわ。 “傷一つ付けるな”っていう命令を守れなかったんだから、仕方わないわよね。 貴女を傷付ける奴は絶対に許さない。
貴女を傷付けてよかったのは私だけなの」
「・・・」
幽霊である彼女は黙り込んでしまう。 ただもっとも、幽霊とは関係なく最初から話すことなんてできやしないはずなのだ。
「ねぇ、いいことを教えてあげましょうか? 貴女、今首がないのよ? だって、私が今も貴女の首は大切に保管しているのだから」
「狂ってる・・・」
「嗚呼、可哀想な明美。 首がないから私のことや自分のことが分からなかったのね?」
「私は・・・ッ!」
もう愛佳には明美が何をしようとしているかとか、何を考えているかなんてあまり関係がなかった。 本心ではこのような日が来ることを心待ちにしていたのだ。 そしてその機会を得てしまった。
「私を連れに来たんでしょう? 逝きましょう? 地獄へいっても、私は貴女を愛し続けてあげるから」
「嫌・・・」
明美である霊はいつの間にか愛佳に腕を掴まれていた。 そのままじりじりと崖へと近付いていく。 霊になっても死んだ時の記憶と痛みはずっと刻まれている。
屋上から飛び降りた恐怖を未だに覚えているのだ。
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