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肩を並べた日
「上下関係をなめるな!」
ある先輩には怒られた。
「りょーかい!良いやんか!」
直ぐに何度も呼んでくれた人もいた。
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特に礼儀に厳しい部やし。他の人等だってそれぞれで。
そんな事は最初っから解ってる。
解ってるから別に驚きもせーへん。
……かったのに。
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「なー貴央、」
「ぁ……」
ボケ口調でもなく、からかうでもなく、あんまり普通に真面目な顔で言うもんやから
僕は吃驚しすぎて、返事する事さえ出来なかった。
「なんやねん、聞こえてんのか? いっつもより口アホみたいに開けて」
顔を近づけて来て、笑いながら問いかけられても僕は間抜けな顔をしてるんやろう。
――名前で呼んで下さい。
先輩・同期に撒いた。
他人にとってはどうでもない事。別に気まぐれに言ってみただけの事。
「なー、貴央て」
それが一番無いと思ってた人が、目の前で呼んでくれてる。
「あ、あぁ……はい。聞いてます」
この人の口から毎日五十音を聞いているのに、頭の中でつなぎ合わせてどう再生しても、僕には想像出来なかった。僕の名前。
「お前、ほんまにぼんやりさんやな!」
「そういう所が好きやけど」と、また変な期待を持ってしまいそうな言葉を簡単に吐きながら、僕の背に凭れ掛かって来た。
体重掛けられたって、麻痺ってるのか負担にも感じへん。やのに、熱い。
背中に神経が集中してるみたい。
「どないしたんですか?冬馬さん」
「あんな、」
いつもみたいにとりとめのない話を、ボソボソとしゃべり出した。
僕はいつも聞いて相づちを打つだけ。それだけでも心地よくて楽しくて。
でも今は
(もう一回、名前を言うて)
話の端に出る言葉を、一生懸命探してる。
あまのじゃくで気分屋な人やから
明日は何も無かったみたいに、名字で呼ばれるかも知れない。
今日だけ,さっきだけ、なんかも知れない。
「なー、だからな」
「………」
「また無視や。聞いてるんか?」
僕はわざと返事をしなかった。
「貴央ってば!」
冬馬さんの声で呼ぶ僕の名が、背中から響いて身体に染み入る。
「聞いてますよ。ちゃんと」
振り向いたそこには、ちょっと拗ねた子供みたいな顔が有って。
「返事せんといて、何ワロてんねん!」
「すいませんすいません」
怒ってる冬馬さんをよそに、僕は笑顔を抑えられない。
明日もこの先も名前を呼んで欲しくなったら、僕は時々この人を怒らせるんやろう。
* * *
「貴央、」
「なんですか?冬馬さん」
「お前もええ加減、昇段試験受けたいおもてない?」
「?」
「俺の事、なんて呼びたい?」
「冬馬……」
「百年早いわ、ボケ」
「…さん?」
「今と、いっしょやん」
「もーーーう!なんなんですか!そしたら僕、どうしたらいいんですか?」
「そこは、考えーや。先輩の俺が絶妙に許せるライン」
「……」
「がんばれー」
「冬馬……君」
「”クン”?」
「あの、えっと……」
「よし、許す」
「ほんまですか?!」
「譲歩したろ」
「冬馬、君!お礼にチューしたい!」
「!? うわっ、アホ!そこまで許してない!!」
おしまい
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