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Fearfulness
「あれ?冬馬は?」
まだ朝練で集まりきってないメンバーを確かめるように、主将が問い掛けた。
「冬馬さんさっき、打ち込み稽古で転けはりました!」
現場を見ていた後輩が元気に返事する。
「そうか、大丈夫なんか…あれ?貴央も居らへん」
「その冬馬さん連れて、ダッシュで走って行きましたあ~」
* * *
「大丈夫?冬馬君」
「大げさや、こんぐらいの傷」
「傷だけや無くて打ち身とかあるかもしれへんし」
引き戸を鳴らしながら部室に入る。
貴央は冬馬の腕を掴んだままで。
「僕、大概の物もってるんですよ」
貴央は鞄を大きく開けて薬袋を物色し始めた。
「もう、大丈夫や。そこ、救急箱あるし…また何やったら…」
「良くないですって」
反論届かず、冬馬は易々とテーブルに座らされ、薬が入った袋から必要な物を取り出した。
「怪我、見せて下さい」
「大したこと無いよ」
触られた足を咄嗟に引こうとしたが、強い力で止められた。
「大したことないかどうかは、見てみんと解らんでしょ」
貴央が怒る前に見せる、口を尖らせた真剣な声で促され、冬馬はおとなしく足を上げた。
「ありがとう……」
手慣れた手当に、冬馬の口からは素直に感謝の言葉が出た。
貴央はてきぱきと、使った物を戻している。
「たいした事無いと思ってたって、そこから後々大事に至る事だってあるんですよ。手当とか僕、昔から得意やし。薬持ってなおちつかへん性格やからありますし」
「そうなん?」
普段とちがいよそよそしい言葉遣いに、冬馬の心がなぜか不安になる。
いつも偉そうな口をきかれる度に生意気やと怒っていたのに、ちょっとでも他人行儀な口きかれたら、逆に不安になるやなんて。
(勝手なもんやな……)
冬馬は、軽く自嘲した。
「行きましょか」
「あ、貴央、」
「なんですか?」
「ありがとう……」
「さっき、聞きましたよ」
沈黙が部屋中を包む。
テーブルから降りようとしない冬馬を見て、貴央も浮かせていた腰を下ろした。
「行かないんですか?」
「え…」
「早く、出て行きたいんでしょ?」
今まで聞いた事のない低い声が、冬馬の耳に響く。
貴央は目を細めて、冬馬を見つめていた。
「さっき手当したとき、怯えられてんのむっちゃ解ったから。自分からやったらへっちゃらで、僕の事ベタベタ触って来る癖に」
---怪我を見られた時、足を強い力で掴まれて身を縮めた。
「ついでに言うと、誰もおらんここに入った時も。みんなと居ったら態度変わらんのに、二人きりになったら、いつもビクビクしてる」
---誰もいない控え室に連れ込まれ、身体を強ばらせた。
「僕のこと、怖いですか?」
貴央の真剣な眼差しで見据えられ、言葉が出ず、冬馬はただ首を横に振った。
けれど、声が出たとしても何と言っていいのか判らない。
貴央が怖い?
怖いの意味が、違う気がする。
だけど何が怖いんか?判らへん。
「首振ったって事は、大丈夫って事?」
貴央の手が、ゆっくりと伸びる。
無意識に引こうとした自分の身体を、冬馬は必死で食い止めた。
「嫌われて無くて、良かった……」
貴央の手は冬馬の怪我した膝を、触れるか触れないかの感覚で、心底愛しそうに、撫でた。
「僕は、ただ…冬馬君が怪我したら、どんな小さい怪我でも心配でしょうがなくなるし、僕の介抱で治ったらメチャ嬉しいし。……ただ、それだけ」
冬馬は顔を伏せたままで、貴央の顔を見る事が出来なかった。
「あ、そろそろ行かんと」
先に立ち上がった貴央が
「っ!?」
冬馬の頬に、掠めるようなキスをした。
そしてテーブルに座ってる冬馬の脇を掴み、抱きかかえて降ろした。
冬馬が呆然としてリアクションする間もなく、貴央はテンションそのままに笑いながら、部室を後にした。
冬馬の手を繋いだまま。
笑い出したら止まらない貴央の声は、廊下にこだましていた。
キスをされた頬を押さえ、冬馬は何かが判った気がした。
(貴央にこんな気持ちになる、自分が怖かったんや)
-おしまい-
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